登場人物は既に皆死んでいる|『屍者の帝国』伊藤計劃×円城塔

※引用はすべて伊藤計劃×円城塔『屍者の帝国』河出文庫による

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あらすじ

 死者を「屍者」として復活させる技術が普及した19世紀末が舞台。
 医学生・ワトソンは大英帝国の諜報員として最初の屍者「ザ・ワン」を追い世界中を駆けめぐる。

感想

KKc
こんにちは。KKcです。感想を引用とともに書いていきます。

まず、私の仕事から説明せねばなるまい。
必要なのは、何をおいてもまず、屍体だ。
(8頁)
 物語の書き出しはこうして始まる。
 この時点では誰の発言かはわからないが、文章がワトソン(そう、あのワトソンである。シャーロック・ホームズの相棒の、あのワトソン君だ)の一人称で展開されるので、この言葉はワトソンのものであると推測できる。

「生者と死者を分かつものは何かね、ワトソン君」
と教授が訊いてきたので、わたしは冷静に答えた。
「はい、霊素の有無です」
(13頁)
 『屍者の帝国』はSFなのでこれが百点満点の模範解答だが、現実世界ではどうだろうか。
 たぶん人によって答えは違うと思う。
 そしてそれはきっと、その人となりを表す回答であると私は思います。

「さすがの洞察力だな。きみを弟に会わせたいよ」
「弟さん……」
「弟は諮問探偵でね、身贔屓でなく能力はあると思うんだが、依頼が無くて苦労している。モンタギュー街に間借りして、依頼を待ちながら大英図書館で暇を潰す毎日さ。まあ、それはともかく」
(29頁)
 謎の紳士・Mがワトソンをほめた場面。
 「弟」がシャーロック・ホームズを指すのかもしれない。
 そういえばホームズは初対面でワトソンを「アフガニスタン帰りの軍人」だと見抜いていた。
 そのときワトソンはとても驚いていたが、洞察力の高い『屍者の帝国』版ワトソンだったら、ホームズと出会ったときに「やるな」とつぶやくだけで特に何も感じないかもしれないと思った。

昨年の日本の内乱時には、明治政府の屍兵団が、政府軍に偽装した叛乱軍の田原坂通過をまんまと許すという事態も起こった。錦の御旗と呼ばれる識別旗をクリーチャが誤認したのが原因ときく。
(55頁)
 まさか日本の記述まで出てくるとは思わなかった。ちなみに西南戦争のこと。
 屍者はあまり融通がきかない、ということを端的に表した例である。

アレクセイ・フョードロヴィチ・カラマーゾフ。
それが、屍者の一団を引き連れて軍事顧問団を離れ、アフガニスタン北方に屍者を臣民とする新王国を築こうとしている男の名前だ。
(75頁)
 まさかアレクセイの名前が出てくるとは思わなかった。ちなみにアレクセイとはドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』の主人公(と私は思っている男)である。
 ドストエフスキーは『カラマーゾフ』の第二部を書くことを構想しつつ世を去った、ということを聞いている。
 それが本当なら『屍者の帝国』は伊藤計劃だけでなくドストエフスキーの遺志も継いだ作品であるといえる。
 ついでに言えば『フランケンシュタイン』や『シャーロックホームズ』も継いでいる。
 もしかしたら『屍者の帝国』に伏流するテーマは「継承」かもしれない。
※蛇足。もちろん『カラマーゾフの兄弟』も『フランケンシュタイン』も『シャーロックホームズ』もまったく読んでいなくても『屍者の帝国』は面白いです。

一、生者と区別のつかない屍者の製造はこれを禁じる。
二、生者の能力を超えた屍者の製造はこれを禁じる。
三、生者への霊素の書き込みはこれを禁じる。
(83頁)
 「フランケンシュタイン三原則」と呼ばれているもの。ナイチンゲールが提唱したことになっている。
 この直後にワトソンが考えた三原則は「ロボット三原則」のようなルールになっている。こういうパロディが随所に入っているのも『屍者の帝国』の面白いところ。

刺突や銃撃があまり効果を持たない以上、屍者との戦闘で最も有効なのは肉弾戦だ。剃刀のような切れ味を誇る日本刀が現代最強の武装だといわれ、高官たちに愛用される所以でもある。
(106頁)
 「日本刀」のルビが「ジャパニーズ・ソード」だったのでちょっと笑ってしまった。
 外国人が日本刀で戦うといったら『キル・ビル』を思い出します。

「長い目で見れば、俺たちはみんな死んでいるんだぜ」
(179頁)
 第一部最後のバーナビーの言葉。

十九世紀は、屍者の世紀であると同時にコレラの世紀だ。
(229頁)
 そうそう。コレラが流行っていたようですね。
 『ブロード街の12日間』でジョン・スノウ博士がロンドンでの感染源を突き止めたことを知りました。
【関連リンク】「『ブロード街の12日間』【読書感想文】あらすじ付

”さて、しばらくおつき合い願う”
(398頁)
 このページから最初の屍者「ザ・ワン」の身の上話が始まる。
 彼はフランケンシュタインによって作られた「怪物」だということはわかっていたが、『フランケンシュタイン』以後にどうして「ザ・ワン」となったのかはこれまで明らかにされていなかった。
 この章で彼がどうやって今まで生きてきたのかが語られる。彼の「正体」を知ったとき(そんなのってありか!)と思いました。

おわりに

KKc
読み終えました。

 最初のほうの感想で私は、「『屍者の帝国』のワトソンは、シャーロックホームズのワトソン君とは違うかもなぁ」と書きました。
 物語の最後で、そのあたりの接続はちゃんと描かれていて「あ、同じかも」と思いました。
 これ以上はネタバレになりそうなので止めておきます。
 それでは、よい読書を。

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コメント

  1. けy より:

    いろいろな作品のパロディに近いものなのでしょうか……?
    ドストエフスキーの作品は気にはなっているのですが、長さに怖気づいてまだ読んでいないですね。トルストイやプーキシンも読んでみたいと思っているのですが中々手がつかないです。
    チェーホフを読んで気に入ったので、ロシア作家には結構興味があります。

    • KKc より:

      そうですね。パロディが1~2割だと思います。
      ドストエフスキーは長い印象がありますよね。
      私もその厚さで敬遠していたのですが、『カラマーゾフの兄弟』が「世界最高の小説」と言われているのを知り、なんとか読みました。
      トルストイといえば来年1月に集英社の「ポケットマスターピース」という新訳が出るそうです。そこから読んでみるのもいいかもしれません。
      ※ポケットマスターピースのHPです。 http://www.shueisha.co.jp/pocketmasterpieces/