『ゼロからトースターを作ってみた結果』感想

※引用はすべてトーマス・ウェイツ(村井理子訳)『ゼロからトースターを作ってみた結果』新潮文庫による

目次

あらすじ

 「トースターをまったくのゼロから作ることは可能なのか?」
 大学院の卒業制作として、トースターを作ることを思い立ったイギリスの青年による「トースタープロジェクト」。
 イングランドの鉱山で得た鉄鉱石から鉄を精製。
 スコットランドの岩山でマイカを採掘。
 木を掘り作った型にプラスチックを流し込み筐体を作る。
 電気分解によって銅線を得る。
 カナダの記念硬貨を違法に溶かしてニッケル・ワイヤを完成させた。
 果たしてトーストを焼くことはできたのか?
 本書は大量消費社会の象徴「トースター」を通し現代を考えるドキュメンタリーである。

 

なぜ「トースター」なのか?

 そもそも著者がトースターを作ろうと思った理由はなんだろうか? ふつうの大学生はゼロからトースターを作ろうとはしない。
 彼は大きく二つの理由を挙げている。

  1. トースターは近代の消費文化の象徴である
  2. ダグラス・アダムスが好き

 

トースターは近代の消費文化の象徴である

 電気トースターが発明されたのは、一般家庭に電気が供給されるようになってからである。
 電力の消費は夜がピークだ。そして発電所は(詳細な説明は省くが)ふつうピークの消費量の電力を常に供給し続ける。
 だから採算をとるために、ピーク以外の時間の需要を増やす必要があった。
 そしてそれを満たすのが家電製品というわけだ。

 

<供給量を減らせない、あるいは減らすことを望まないのなら、需要をでっちあげればいいという発想だ。とっても20世紀的な考え方だとは思わない?>
(28頁)

 

 トースターは「あると便利」だが「なくても平気」、とりあえず日常生活を送る上では、トースターが無くとも毎日は過ごせる。
 でもトースターは安い(私の家のやつは確か1000円くらいで買ったと思う。それ以下だったかも)。
 「とりあえず買っておくか」で買っても全然問題ない。
 壊れてもたぶんあんまりダメージも受けない。すぐに新しいものを買う気になる。
 そんな「消費社会」を象徴するもの、それがトースター。
 著者は自分の生きる世界を考えるために、トースターを作ろうと思ったのである。
 目的ではなく、手段としてのトースターである。

 

ダグラス・アダムスが好き

 著者は小説家ダグラス・アダムスが好きであり、『ほとんど無害』から一節を引用している。

 

<自分の力でトースターを作ることはできなかった。せいぜいサンドイッチぐらいしか彼にはつくることができなかったのだ。>
(33頁)

 

 著者はこの文章を読んで、自分も小説の主人公と同じように、日常生活を支える基本的な知識が欠如していることに気がついた。たとえばナイフですら、私たちは作り方がわからない。
 現代社会は人間を生活から疎外している。
 たぶん著者は『ほとんど無害』を読んで(トースターくらい、ゼロから作れるような人間にならなければいけない)と思ったのだろう。

 

トースターを作る

 彼がトースターを作ろうと思い立った動機は以上である。
 「トースターを通して現代消費社会を考えるため」と「トースターを作れるような男になるため」。
 そして彼はトースター作りにあたって3つのルールを設けた。

 

  1. 作り上げたトースターは店で売っているようなものでなければならない
  2. トースターの部品はすべて一から作らなくてはいけない
  3. 自分にできる範囲でトースターを作る

 

 これらが基本的なルールだが、著者は時に破る。屁理屈をつけて。
 たとえばプラスチックを作るとき、原油を手に入れるのはとても困難だということがわかった。さらにそれからプラスチックを精製するにはとても複雑な化学反応を起こさなければいけないとわかった。
 彼が選択したのはゴミ捨て場から「採掘」したプラスチックを溶かして固めるというものだった。ここの「言い訳」の仕方が面白い。

 

<遠い未来の地質学者たちが現代の地層を調べたとすると、多くの種の化石の消滅、放射性物質の急激な増大、「新たな分子」の出現、といった変化を検知するだろう。そして、その「新たな分子」の正体は、僕たちが廃棄した(ポリプロピレンなどの)化学製品だ。ということは、遠い未来、地中のプラスチックのかたまりも、鉄鉱石などの岩と同列のものとしてとらえられることになるはずで、つまり「人類の時代」>においては、それを「採掘」したとしても、ルール上、問題ないということになる。>
(126頁)

 

 つまり化学製品は、将来「化石」や「資源」として「採掘」されるであろう。だから今「採掘」してもそれは「資源」であるから何の問題もないということになる。すごい理屈だ。著者は開き直って前に進む。

 

<えぇ、ルールの拡大解釈だということは認めますけど、そのルールは僕が作ったものだから、僕が破りたかったら破ってもいいんです。>
(126頁)

 

 こう言われてしまったら、一読者としては、何も返す言葉がない。
 ただ彼はこう断言する前に、石油を手に入れようと電話をかけたり、自分の家でジャガイモからプラスチック(のようなもの)をつくろうと努力している。
 やるべきことをやった後での発言なので、(許してもいいか)という気になってしまう。

 

おわりに(感想)

 というように『ゼロからトースターを作ってみた結果』は笑え、かつさまざまな思考のヒントを与えてくれる。
 そうだ。
 TEDに動画を発見したのでリンクを張っておきます。「トーマス・トウェイツ:トースターを1から作る方法
 著者自身が「トースタープロジェクト」について簡単にまとめています。本を読むかどうかは、この動画を見てわくわくするかどうかで決めてもいいと思います。

記事に対する要望等がありましたら、コメント欄かTwitterまで。