太宰治『満願』読書感想文|さわやかな気持ちになれる小説

あらすじ

 「私」は酔ってケガをした。

 診療所の医者と仲良くなり、毎朝新聞を読みに行く仲となる。

 医者の家で、ある先生の奥さんの姿を見る。

 彼女の姿はとても美しかった。

 

 

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【読書感想文】原稿用紙3枚(1200字,60行)

KKc
「さわやかな気持ちになれる小説」

 

 私が思う太宰治『満願』のいいところは、「畳語(じょうご)」にあると思います。畳語とは「繰り返し言葉」です。「ぐるぐる」とか「おろおろ」とか「ふわふわ」とか、何かを二回繰り返す言葉のことです。『満願』ではそれがよく出てきます。

 

 主人公「私」は、酔いのため「ふらふら」と診察室に現れた医者と出会います。

 

 医者の様子を見て「私」は「くすくす」笑います。つられて医者も「くすくす」笑います。やがて二人は大笑いし、意気投合しました。

 

 「私」は医者の価値観を「なかなか」歯切れがよいと感じます。世の中のことを「善か悪か」のどちらかに当てはめて話をするので、けっこう痛快なことも言っていたのではないか、と私は思います。小説の中では医者が善玉で、医者の奥さんが悪玉であるという話しか書いてありませんけど。

 

 そんなわけで「私」は医者の家に毎朝立ち寄る関係になります。風で「ぱらぱら」騒ぐ新聞を読むのです。この場面で私は、主人公は人と仲良くなるのが得意だなあ、と思いました。あるいはよっぽど医者と気が合ったのでしょうか。どちらでしょうね。

 

 さて「私」は医者の家にいりびたっている間に、ある女性と出会います。彼女は夫の薬を取りに来ているのですが、療養のかいあって体調は「ぐんぐん」良くなっているそうです。「奥さま、もう少しのご辛抱ですよ」と医者が言うことからもそれはうかがうことができます。

 

 そしてクライマックス。「おゆるしが出た」ということで奥さんは「さっさっ」と飛ぶようにして歩き、パラソルを「くるくる」っと回します。「私」はそれを「八月のおわり、私は美しいものを見た」と絶賛しています。

 

 「私」はこのできごとを「医者の奥さんのさしがねかもしれない」と考えています。医者の奥さんが「私」の気持ちを明るくさせようとして、あえて「私」がいるときに来させたと思ったのです。美しいものに感動しつつも、その裏があるのではないか、と主人公がひねくれた思いを持った原因は、たぶん冒頭に書いてあることだと思います。「私」が伊豆で暮らしていた理由は『ロマネスク』という小説を書くためだ、と書いてあります。ということは小説を書いている期間だったのですから、なにか「もやもや」していたのかなと私は推測しました。

 

 でもそんな心境でしたが、その「美しいもの」に遭遇した瞬間ははればれとした気持ちになったのですから、とりあえずよいのではないでしょうか。その場面は読んだ私も、目の前にその美しい光景が浮かぶようで、とてもさわやかな気持ちになりました。

 

 『満願』はたった3頁の小説ですけど、短いからこそ創りだせる、夏に聴く風鈴の音のような物語でした。

 (60行,原稿用紙3枚ぴったり)