森見登美彦『新釈走れメロス』読書感想文|違う友情の形

※引用はすべて祥伝社文庫による

あらすじ

 

 久々に大学に行った芽野は、学園祭のため講義が休みであることを知る。

 所属する「詭弁論部」が部室を奪われたことに激怒し、図書館警察の長官に文句を言う。

 長官は「ブリーフ一丁で踊るなら部室を返してやる」と提案する。

 芽野は「姉の結婚式に出席する」と嘘をついて京都の街を逃げ回る。

 身代わりで残された芹名から、芽野が嘘をついていることを知った長官は、なんとしても芽野を捕まえて約束を守らせようとする。

 なんだかんだで芽野はステージに上がり踊る。芹名も踊る。ついでに長官も踊る。

 踊りの後、誰も見ていないステージの上で彼らは赤面した。

 

 

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【読書感想文】原稿用紙3枚(1200字,60行)

 

KKc
「メロスとは違う友情の形」

 

 太宰治の『走れメロス』を読んでから森見登美彦の『新釈 走れメロス』を読みました。同じところや違うところがあって、それらを発見しながら読めたのでとても楽しかったです。

 

 メロスは妹の結婚式の買出しのために出かけるのですが、芽野は「たまには大学に行くか」です。最後の殴りあう場面もメロスたちは思いっきり腕を振るのですが、芽野たちはちょっと手加減してパンチし合います。ゆるい感じにリメイクされています。太宰のメロスは熱い物語ですが、森見のメロスは笑える物語です。

 

 太宰のメロスとの一番の違いは、主人公の走る理由でしょう。メロスは制限時間内に行って帰ってくることを目的にしていますが、芽野はまったく逆です。逃げ切ることが目的です。メロスは処刑される予定でした。王様に無礼なことをしたので、その罰として命を差し出したのです。けれども芽野は、図書館警察の長官から出された「ブリーフ一丁で踊る」ことから逃げることを選びました。

 

 芽野は「姉の結婚式に参加したい」と言って時間をもらい、長官のもとを離れるのですが、それはまったくの嘘でした。「あいつに姉はいないよ」と親友の芹名は語ります。なぜそんな嘘をついたのでしょうか。いや、誰でもパンツ一丁で踊ることは嫌ですけど、ふつう物語の主人公だったら友人のためにそのくらいやってしまえそうです。しかもこの作品は『走れメロス』のリメイクなのですから、ここで嘘をつくことは予想外です。

 

 芽野がそういう行動をとった理由は後に明かされます。芽野は芹名とともに「詭弁論部」という部活に所属しています。

 

 <詭弁論部とは、「世間から忌み嫌われることを意に介さずにのらりくらりと詭弁を弄し続ける」という茨の道をなぜか選び取った物好きたちの流刑地であり>とあります。

 

 なんだかよくわからない文章ですけど、要するに「屁理屈を言う人」や「よくわからない理論を言う人」の集まりが詭弁論部なんじゃないかと私は思いました。そんな部活に所属している芽野なので、「約束を守らないことが友情の証」という考えのもと、ブリーフ踊りから全力で逃げるのです。待つ側である芹名もそれをよくわかっていて、じつに落ち着いて日暮れまでの時間を過ごしています。「期待を裏切ることが友情」なんてすごく奇妙な友情の形ですが、それは本人たちが「これが俺たちの友情だ」と考えているのですから、きっと友情なのでしょう。

 

 図書館警察の長官はクライマックスでこう語ります。
 <友情とは僕が考えていたよりも不可解で、決して一筋縄でいくものではなかったよ>
 その通り。『新釈 走れメロス』は理解するのが困難でありながら、でもそれは間違いなく本物の「友情の物語」であると私も思います。

 

 (60行,原稿用紙3枚ぴったり)