朝井リョウ『武道館』感想|本来のidolとは

あらすじ

 武道館でライブをすることを目指す女性アイドルグループ「NEXT YOU」の歩み。
 リアルな内幕、夢を追いつつも葛藤するヒロイン。
 偶像(idol)になりきれないリアルを描く。
 注目されるにつれ否定的な反応(アンチ)も増える。
 アイドルであることと「私」であること。その狭間で揺れる少女の葛藤。

感想

 人生の岐路に立たされたとき、何が正解か、何が不正解か、何が幸せで、何が不幸せなのか、私たちは事前に知ることができません。
 私たちができるのは、これから選ぶ選択を、これまで選んできた選択を正解にすること。
 「正解だった」と胸を張って誇りを持って宣言できるようにすること。

 

 <選んだ道を正解にするしかない>
 『武道館』の中に込められたメッセージはこれです。
 作中で彼女たちは「アイドルであること」を選択しました。
 その選択によって、思いもよらぬ怒りを向けられたり、予想もしなかったような苦しみに襲われたり、自分の思いが誰かにねじ曲がって届いたりしました。

 

 現代のアイドルは、インターネットや握手会などによって、過去のアイドルよりもファンに「近いもの」へと変貌を遂げました。
 遠いからこそ綺麗に見えることもあります。
 結果的に昔に比べて「アイドルであること」の難易度は飛躍的に上がりました。
 ファンとの距離が近くなれば近くなるほど「偶像」を演じるのは難しくなる。
 会ったことがなければ、会話をしたことがなければ、ファンは与えられた限定的なイメージを元に「アイドル像」を形成します。限定的なイメージは、限定的であるがゆえに操作がしやすく、また選択も容易です。

 

 しかし現代のアイドルは違います。
 インターネットには彼女たちに関する情報が氾濫していて、仕事中ともプライベートとも区別ができないような状況の写真も散見されます。(ぜんぜん関係ないですが、クリスマスイブにSNSを更新しないアイドルはネガティブなイメージをもたれる気がする……)

 

 情報化した現代社会において彼女たちは、より「アイドル」らしくなることが要請されている。
 「アイドル」であることが難しくなったにも関わらず、「アイドル」が距離的にも心理的にも遠くに存在していたときと同じような「美しさ」を彼女たちは求められているのです。

 

 「それもまた彼女たちの選択だ」と私たちは開き直って、『武道館』やアイドルたちを眺めることもできます。
 誰に強制されるでもなく、主体的にその道を選択したのですから。

 

 しかしその視線は、救いようのない地獄に落ちてしまったような人間を見る目のような、ネガティブな見方ではありません。
 それは、気高い「選択」をした勇敢な人間に対する称賛のまなざしだと私は思います。

 

 あえて困難な「アイドル」という選択をしたこと。進んでみずから受難することを選択したこと。
 ファンが彼女たちに贈る熱視線というのは、「idol」本来の意味である「憧憬の対象者」を体現した存在へのまなざしに他ならないと私は思いました。

おわりに

KKc
お読みいただきありがとうございました。

 

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