※引用はすべて新海誠『小説 君の名は。』角川文庫による
目次
あらすじ
卒業したら東京に出て行きたいと願う女子高生・宮水三葉。
東京に住む男子高校生・立花瀧。
二人は夢の中で入れ替わっていた。
そのことに気づいた二人はコミュニケーションをとり始める。
メールや電話はなぜか通じず、日記やメモで伝言を残しあった。
1200年に一度の彗星が見えるという日に、三葉のおかげで瀧は憧れの先輩とデートをすることになる。
その日を境に、二人の身体が入れ替わることはなくなった。
<私は、俺は、だれかひとりを、だれかひとりだけを、探している。>
出会いの溢れたこの世界ですれちがう、二人の運命の物語。
感想
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ
「誰だ?あの人は」と私のことを聞かないでください。
九月の露に濡れながらも想い人を待っている私を。
冒頭(25頁)で登場する短歌は『君の名は。』を象徴するような意味を持っています(出典は『万葉集』、作者は未詳)。
「誰そ彼」つまり「誰だ?あの人は」と思わず訊ねてしまうような時間があります。
昼でも夜でもないような時間、夕方の「黄昏(たそがれ)時」です。そんなわけで「誰そ彼(たそかれ)」は「黄昏」の語源だと言われています。
この短歌の引用によって、本編のクライマックスで三葉と瀧が出会うことができた時間が「世界の輪郭がぼんやりと柔らかくなる」という黄昏の時間=「カタワレ時」であることは、ストーリーの開始時点で宿命づけられていました。
『君の名は。』において、この短歌を目にしたのは三葉ですが、その直後に「お前は 誰だ?」とノートに書かれた文字を発見します。
「私のことを聞かないでください」という短歌の直後に「お前は 誰だ?」と強く問いかけられています。
たぶん短歌の作者は「君」の名前を知っているし、「君」のほうも作者の名前を知っています。だって彼らは恋人同士だから。
でも、『君の名は。』のこの時点では三葉と瀧は互いの名前を知りません。メモなどのコミュニケーションによって何度か名前を知る機会はあるのですが、そのたびごとに二人は相手の名前を忘れてしまいます。
そればなぜかというと、短歌を参照するに「二人が恋人同士ではないから」という理由が推測できますが、物語を進める上で、互いの名前を聞いたそばから忘れるということは、マイナスどころかプラスの方向に大きく作用していると私は思っています。
今夜、糸守町に隕石が落ちて、みんな死ぬ。
自分の町に隕石が落ちることを三葉が知ったときから、物語は加速していきます。
隕石は落ちる。その事実は変えられない。隕石のような巨大なものに対して、女子高生が物理的な対策をとることはほとんど不可能です。
彼女がとったのは、周りの人々に働きかけ、墜落地点から、より多くの人を避難させることでした。
衝突が避けられないのなら、逃げればいい。
三葉は走り、悲劇を回避しようとうつくしくもがきます。
突然「隕石が落ちる!」と叫んだって、たいていの人はそれを信じてくれません。
『君の名は。』における糸守町民もそうです。彼女の住民避難の企ては失敗の危機に陥りました。
<……二本? 私は空を見上げる。――ああ、とうとう彗星が、>
いよいよ隕石が落ちようとするそのとき、倒れた彼女を再び立ち上がらせたのは、瀧の残したメッセージでした。
<――君の、名前は?>
三葉のこの問いかけに対して瀧が書き記したのは、自分の名前ではありませんでした。
<なにか、文字がある。目を凝らす。>
彼の答えは、彼女の求めるものではありませんでした。
<これじゃあ、と私は思う。涙が溢れて、視界がまたにじむ。>
でも、むしろそれゆえに、三葉は生きる活力を得ることができました。
君の名前はわからない。
だから私たちは出逢わなければならない。
たとえ星が落ちたとしても。
<私は生き抜く。たとえ何が起きても、たとえ星が落ちたって、私は生きる。>
君の名前を知ることができなかったことによって、三葉はその後生き残ることができました。
本作における「君の名は」という問いかけは、そっくりそのまま生きるための支えの言葉となっているのだと、この場面を読んで私は思いました。
名言
第一章 夢
私は、俺は、だれかひとりを、だれかひとりだけを、探している。
(9頁|三葉、瀧)
第二章 端緒
「そうやってずーっと糸を巻いとると、じきに人と糸との間に感情が流れ出すで」
(33頁|お祖母ちゃん)
あいつらあれだけ言ったのに来やがって巫女パワーで呪ってやる、LINEの呪いスタンプ送りまくってやる
(36頁|三葉)
第三章 日々
「わーい、あの世やぁ~!」
(90頁|四葉)
「今日は、なんだか別人みたいね」
(101頁|奥寺先輩)
第四章 探訪
まだ会ったことのない君を、これから俺は探しに行く。
(136頁|瀧)
「……捻れて絡まって、時には戻り、またつながって。それがムスビ、それが時間」
(140頁|瀧)
第五章 記憶
最初は二人で一つだったのに、つながっていたのに、人はこうやって、糸から切り離されて現世に落ちる。
(149頁|瀧)
第六章 再演
……失礼な幼女だな。はるばると時空を超えて、俺が町を救いに来てやったというのに!
(156頁|瀧)
第七章 うつくしく、もがく
私は生き抜く。たとえ何が起きても、たとえ星が落ちたって、私は生きる。
(229頁|三葉)
第八章 君の名は。
君もいつか、ちゃんと、しあわせになりなさい。
(241頁|奥寺先輩)
そして俺たちは、同時に口を開く。
(251頁|瀧)
おわりに
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