目次
あらすじ
人買いによって母親と二人の子どもはひき離された。
山椒大夫に買われ、姉は糸を紡ぎ、弟は藁をうって再会の日を夢見た。
隙を見て二人は逃げ出す。姉は入水し、弟は出家した。
弟は佐渡で母と再会する。
【読書感想文】原稿用紙3枚(1200字,60行)
タイトルになっている「山椒大夫」とは、人買いから子どもを買い、こきつかう金持ちの男のことです。
てっきり主人公の名前だと思っていました。あるいは不幸な境遇に遭ってしまった姉と弟を母親に引き合わせてくれる正義の味方とか。まったく逆の悪いやつでした。そういえば森鴎外は『寒山拾得』でもそういうことをしていました(『寒山拾得』では主人公の純粋な気持ちをふみにじる人間が「寒山」と「拾得」です)。
『山椒大夫』では、冒頭から邪悪な人物ばかりぼろぼろと出てきます。
山岡大夫は「お菓子ばかり食べていては、虫歯になるぞ。家へ来なさい。芋粥でもごちそうしましょう」と親子に親切にしますが、結局彼らを舟で送るふりをして、人買いに渡しました。
舟に乗った人買いは、親子をばらばらな方向へ運びます。前触れもなく(水面下ではありましたが)家族が散り散りになりました。母親は(たぶん)そのショックで失明してしまいました。
そして行き着く先の山椒大夫は前述の通り、姉と弟を使い倒します。その結果姉は自殺してしまいました。
この世には邪悪なものが存在し、私たちに突然次々と襲いかかってくる。
「山椒は小粒でもぴりりと辛い」ということわざがあるように、山椒のように、油断していると驚かされる存在が私たちの周りにはごろごろ転がっているのかもしれない。
森鴎外が警告しているのは、邪悪なもの同士は手を組んでいて、ひとたび捕まったとしたら、ずるずるひきずりまわされて、不幸な境遇に陥ってしまうぞ!!というようなことだと私は思います。
母親と女中、小さい娘と息子で父親に会いにいくという物語の開始時点から、彼らが悪い運命に捕まってしまっていることは開示されていました。どう考えても、トラブルに遭遇するのは必定でしょう。
だから、邪悪なものから私たちが身を守るためには、不断の警戒をしながら外出すべきである。
そんな感想を私は持ちましたが、現在の日本は、どちらかといえば『山椒大夫』の舞台になった時代の日本よりはいくぶん安全なのではとも思いました。
そんなわけで、ドアを開けた先に危険なことが待っている可能性を考慮しつつも、その可能性がまだ僅少な世界に自分が生きていることに感謝をしたいとお気楽に考えました。
(56行,原稿用紙2枚と16行)
おわりに
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