有栖川有栖『鍵の掛かった男』感想|鍵を開ける手がかりは

目次

あらすじ

 大阪の小さなホテルで男が死んだ。
 警察は自殺と断定した。
 それを不満に思った女から、ミステリー作家・有栖川有栖と犯罪心理学者・火村英生のもとに真相究明の依頼が舞い込む。
 まさに「鍵の掛かった」としか言えないほど、死んだ男についての手がかりは、ほとんどなかった。

感想

 ホテルで死んだ男は、本当に自殺だったのか、それとも他殺だったのか。
 「死人に口なし」とは、まさにその通りだと思う。死者たちは私たちの鼓膜を震わせることができない。私達は物理的に、彼らの声を聴くことができない。
 しかし、彼らの「声」を聴き取る方法は無数に存在する。葬礼や読書、そして探偵もその一つの方法である。

 

 有栖川有栖と火村英生は、ある男の死の真相と、彼の人生の謎に迫る。
 自殺か、殺しか。

 

 推理小説ではしばしば見られる始まり方だが、(こういうパターンね)などと油断していると、私たちはアリスと火村の論理展開にたちまち置いていかれてしまう。
 本作品は「鍵の掛かった」男の人生を、白日の元に晒そうと試みる過程である。
 そこに飛躍はない。
 ただ緻密に、丁寧に推論を積み重ねてゆく。

 

 真相が明らかになったとき「え、たったそれだけのことで?」と思うかもしれない。
 でも案外人生の転がり方って、そういうものかもしれない。

 

 『鍵の掛かった男』は有栖川有栖の「火村英生シリーズ」、13年ぶりの書き下ろし長編だ。
 著者が13年もの間何もせず、(さてそろそろ書くか)とペンをとり、さらっと書き上げてしまったというのでは、たぶんない。
 13年前に起きた「ささいなこと」がきっかけでこの小説は生まれている。

 

 それはあまりに「ささいすぎて」たぶん著者自身でも「あれがきっかけでした」としみじみ語ることはおそらく不可能であると思うけれど、本書を読むことで、いくばくかのヒントを得られるかもしれない。
 本格ミステリーと銘打たれた本作は、その誕生の瞬間についても考察するべき謎が眠っている。

 

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