足知者富
帯にこう書いてあった。
<「やればできる」というのは、とんでもない思い上がり。>
著者はそう強く思っているからこそ、『人間の分際』という本を上梓したのだろうと思う。
人間という動物には限界がある。どんなに努力してもできないことはある。自分自身の分際をわきまえることで、人生は楽になるという。
著者はどのようにして、このような考えに到ったのだろうか。過程を想像してみる。
どちらかといえば現代日本は弱肉強食の社会である。
がんばらなければ、努力をしなければ、何も得られない。
勉強をするのは受験戦争を勝ち抜きよい大学に入るため。
よい大学に入るのは、就活で有利なポジションを手に入れ、大企業・安定した将来性のある企業に入るため。
そんな雰囲気が蔓延している(気がする)。
努力すれば、他人を蹴落として勝ち上がることができれば、その先に成功が待ち受けていると信じている人は、「成功できなかった(と自分では思っている)人」を見たとき「努力が足りなかったからだ」と、すべての原因を「努力不足」の一言に帰結させてしまうだろう。
『人間の分際』を支持するのは、そのような価値観に違和感を覚えている人だろうと私は思う。
自分のできることには限りがある。人生は根本的に不公平である。そのような考えを提示し、肯定してくれるだけの文章を提示してくれる本書は、「成功できなかった(と自分では思っている)人」にとって「救いの書」に見えるのではないか。
「足るを知る者は富む」は『老子』の言葉だが、本書はまさにこの言葉を表した本だといえる。
ただし、私たちが覚えておかねばならないのは老子が「足知者富」と言った後で「強行者有志」と続けていることである。私はできれば「者有志」でありたい。
(745字)
作品情報
著者:曽野綾子