※星新一訳『竹取物語』角川文庫を引用・参考にしました
目次
『竹取物語』について
『竹取物語』は竹の中から発見されたかぐや姫の物語です。美しく育った彼女はたくさんの男性に結婚をせまられますが、すべて断り、やがて月の都へ帰って行きます。
「日本でもっとも古い物語」と言われることもあります。
作者
「作者はこの人だ」とされる人は伝えられていません。ちなみに、物語ができあがった時代も不明です。私は1000年くらい前の話だと思って読みました。
冒頭の文
<今は昔、竹取の翁というもの有りけり。野山にまじりて、竹を取りつつ、よろづの事につかひけり>(145頁)
と原文にあります。これを星新一は
<むかし、竹取りじいさんと呼ばれる人がいた。野や山に出かけて、竹を取ってきて、さまざまな品を作る。>(7頁)
と訳しています。
あらすじ
竹取の翁が竹の中から見つけたかぐや姫は、絶世の美女に成長した。
彼女にさまざまな男が結婚してくれといいよるが、出された難題をクリアできない。
とうとうミカドまでかぐや姫のとりことなるが、結婚まではいたらない。
ついにかぐや姫は月の使者に連れられて、京都から故郷へ帰ってしまった。
原文
「竹取物語(國民文庫)」や「ヴァージニア大学の竹取物語のページ」で読むことができます。
私は星新一訳の『竹取物語』角川文庫で読みました。
現代語訳(口語訳)
ぶっくらぼが訳した『竹取物語』の現代語訳(口語訳)です。
各章の最初に簡単なあらすじを、最後に感想をのせました。
かぐや姫の生い立ち
簡単なあらすじ
竹取の翁は竹の中からかぐや姫を見つける。彼女は美人に成長した。
現代語訳(口語訳)
その昔、「竹取の翁(たけとりのおきな)」という人がいた。山に入って竹を採り、色々なことに使っていた。本名は「讃岐の造麻呂(さぬきのみやつこまろ)」といった。
あるとき根元が光っている竹を見つけた。
不思議に思って近づいて見ると、小さい人間が竹の中で光っているではないか。しかも、とてもかわいい。
翁は(私が年中接している”竹”の中にいるということは、このお嬢さんは私の子どもになるべき人なのだ!)と思って自宅へ連れ帰った。
そしてその後、妻である嫗(おうな)とともに彼女を育てた。
この女の子を見つけてからというもの、翁はよく竹の中からお金を見つけるようになった。彼はお金持ちになった。
そして彼女はどんどん大きくなり、三ヶ月ほどで成人のようになった。
きちんとした髪型で、きれいな着物を着せられて、彼女は大事に育てられた。その姿はとても美しかったので、家の中がぱっと明るくなったようであった。
翁があまり気分のよくないときでも、彼女をひと目見ればたちまち元気になった。いらいらもなくなった。
子どもが大きくなったので、「三室戸斎部の秋田(いむろどいむべのあきた)」という人を呼び寄せて名前をつけてもらった。
「なよたけのかぐや姫」と命名された。お祝いの会が盛大に行われた。
<私は竹を採って暮らしている。ほとんど私は竹みたいなものだ。だからこの竹の中にいる子どもは、うちの子にする。>っていう考え方は、あんまり理論的じゃないと思います。
妻問い(つまどひ)
簡単なあらすじ
かぐや姫は多くの男性から求婚されるが、結局5人にしぼられる。彼女は彼らにそれぞれ課題を出し、それをクリアした人と結婚すると言った。
現代語訳(口語訳)
日本中の男が(どうにかしてかぐや姫と結婚したい。それがダメでもせめてひと目見たい!)と思っていた。
翁の家の周りにはそういった男たちがうじゃうじゃと集まり、チャンスをうかがっていた。
お金をたくさん持っていて、生活に余裕のある者は朝から晩まで居座っていた。そのうち「俺はやめるわ」と言って帰っていく人が多くなった。
残ったのは5人。
「石作の皇子(いしづくりのみこ)」
「車持の皇子(くらもちのみこ)」
「右大臣阿部(うだいじんあべ)のみむらじ」
「大納言大伴の御行(だいなごんおおとものみゆき)」
「中納言石上の麻呂たり(ちゅうなごんいそのかみのまろたり)」
みんな身分が高く裕福で、恋に熱中できる環境にあった。
この人たちは翁に直接「お嬢さんを僕にください!」と頼んだりしたけれども、「自分たちで産んだ子どもではないので、私たちからあまり強いことは言えないのです」とお断りされた。
彼らはよくお祈りをした。(どうかかぐや姫と結婚できますように)と。
自分をなぐさめるために(あんな美人なのだから、いつか結婚はするはずだ。そしてそれは私だ)と思いこんだりした。
また、(私はかぐや姫のことをこんなに想っている)と身振りで示しながら歩き回ったりもした。
翁はかぐや姫に言った。
「私はあなたのことをとても大切に思っている。こんなに立派になるまでまで育ててきたのがその証拠だ。だからちょっと私の言うことを聞いてはくれないか」
かぐや姫は「もちろん聞きます。聞かないわけがないでしょう。だってほんとうの親だと思っているのですから」と答えた。
翁はうれしく思って言葉を続けた。「私はもう70歳になる。この世の男女は結婚するものだ。だから、よい人を見つけて結婚しないか」
かぐや姫は(よくわからない)という表情だった。
「私が生きているうちは独身でいられるかもしれないけれども、その後はきっと女性ひとりでは生きて行くのが難しいと思う。幸運にも、何人か真剣に求婚してくださる方がいらっしゃるのだから、誰かを選んで結婚してみないか」 翁は提案した。
かぐや姫は「心配です。浮気されたりして、あとで後悔することになるのではないでしょうか。深いところを知らないままで一緒になりたくはありません」と言った。
翁は「その通りだ」と言った。「ちなみに、どういう方がよいのだろうか。5人とも熱心な愛情を持っているように私には見えるが」
かぐや姫は答えた。「愛情の深さが問題なのではありません。そもそも愛の大きさをはかることはできないでしょう。そこで提案なのですが、5人に”私が見たいもの”をお伝えし、それを持ってくることができた方と結婚するというのはどうでしょうか」 翁は頷いた。
日が暮れて、いつものように5人は家の周りに集まった。笛を吹いたり、歌ったり、扇でリズムをとったりしていた。
そこへ翁が現れてあいさつをした。「わが家のような小汚くむさ苦しいところへ毎晩通っていただけること、たいへん恐縮でございます」 5人は耳をかたむけた。
「かぐや姫に『私の命はいつ尽きてもおかしくない。だからいらっしゃる方々からおひとりを選んで、結婚したらどうか』と言いました。彼女は『どの方がよいか、私にはよくわかりません。たぶん私の見たいものを見せてくれるお人が、結婚すべき人だとは思いますが……』と答えました。これはよい案だと私は思います。こうして決めたのならば、誰も恨みを持たないでしょうから」
5人も「よい案です」と言った。翁は続けた。「では、かぐや姫の言葉を伝えます」
「石作の皇子には『仏の御石の鉢』を探してきていただきます。お釈迦さまが使ったといわれる黒い鉢です」
「車持の皇子には『蓬莱の玉の枝』を採ってきていただきましょう。東の海を渡ったところに蓬莱という山があるようです。そこにはプラチナの根を持ち、幹が金でできた樹が生えていると聞きます。その枝が白い玉の実をつけるらしいのです。それをひとつ折って持ってきてください」
「右大臣は中国にある『火鼠の皮衣』をお願いします。火の中に生きているという鼠の皮で作った織り物ですね」
「大伴の大納言は『竜の首の珠』です。竜の首には五色に光る珠があるとの言い伝えがあります」
「石上の中納言は『燕の子安貝』を持ってきてください。燕の巣にあるといわれる貝は、安産のお守りらしいです」
ちなみにこれを聞いたとき翁は「どれも難しい課題だ。わが国にないものばかりじゃないか。どうしてこんな難しいものばかり言うのか」とかぐや姫に訊ねた。かぐや姫は平然と「難しくなんかありませんわ」と言った。
5人もほとんど同じように感じた。
「どうして『私の家のまわりをうろつくのは今後一切やめてもらいたい』とはっきり言ってくださらないのか。そう聞いたなら、きっぱり諦めがつくのに」とぶつぶつ言いながら帰っていった。
いちばん現実にありそうなのは『燕の子安貝』でしょうか。それ以外はどうもファンタジー感が強くて、見つけられそうにありません。
さて、5人は文句を言いながらもたぶんそれぞれ探しに行くでしょう。恋は障害が大きくなればなるほど、燃えるものです。
仏の御石の鉢
簡単なあらすじ
仏の御石の鉢を頼まれた人は、偽物を持っていったがばれた。
現代語訳(口語訳)
(結婚したい。結婚できなかったら、これから先とても生きてはいけない。でも結婚するためには、インドまで行かなければならない)と石作の皇子(いしづくりのみこ)は思った。仏の御石の鉢を頼まれた人である。
彼はずるい性格をしていたので(この世に二つとない鉢なのだ。遠くまで苦労して探しに行ったところで、手に入る保証はない)と考えた。
かぐや姫には「今日からインドで探しに参ります」とだけ伝えておいて、3年ほど姿を隠した。
そして適当なお寺から古くなった鉢をもらってきて、それを黒くぬり、立派な錦の袋に入れて、花で飾りつけをして、かぐや姫に献上した。
(本当かしら)とびっくりしながら彼女は鉢を見た。鉢の中に手紙が入っていた。こんな和歌が書かれていた。
<海を渡り山を越え心を尽くして血の涙を流し、そうして手に入れたのがこの鉢です>
かぐや姫は(お釈迦さまの鉢なのだから、少しくらい光っていてもよいのではないかしら)と思ったが、蛍ほどの光すらなかった。そこでこういう和歌を作ってお返事した。
<せめて木の葉に乗った露くらいの光でもあったらよかったのに。小倉山あたりで拾ってきたのでしょうか(「小倉」と「暗い」をかけている)>
石作の皇子は鉢を持って帰って捨ててしまった。そして和歌でかぐや姫に返答した。
<光り輝くあなたの前に置かれたので、光が消えてしまったのでしょう。鉢(恥)は捨てました。どうかわたしのことは見捨てないでください>
かぐや姫は返事を書かなかった。
それからいくら和歌を送っても、受取ってさえくれなくなったので、彼は諦めて、普段の生活に戻っていった。
「恥を捨てる」の語源は「鉢を捨てる」このお話だと思われる。
その時間は「探していますよ」という芝居のためには必要だったと思うのですが、その間に他の男にかぐや姫をとられてしまうとは考えなかったのでしょうか。
いろいろとツッコミどころがある男です。
それを見抜いてかぐや姫は(ダメだこいつ)と判断したのだろうと思います。
蓬莱の玉の枝
簡単なあらすじ
蓬莱の玉の枝を頼まれた人は偽物を作り、うその冒険話を語ったが、職人たちに給料を払うのが遅れたのでばれた。
現代語訳(口語訳)
蓬莱の玉の枝を持ってくるよう言われた車持の皇子は頭のよい人であった。
職場には「筑紫の国の温泉に行ってきます」と休みをもらい、かぐや姫の家には「玉の枝を取りに行ってきますね」と手紙を送った。
家来たちは、なにわの港まで見送りのためについてきた。彼は「お忍びの旅行なので、こっそり出発するから」と言って、数人だけを連れて船に乗った。そうして出発したと見せかけて、3日後、港へ戻ってきた。
計画実行である。
あらかじめ手配しておいた凄腕の鍛冶職人6人と合流し、人目につかないアジトへと向かった。
アジトには何重にも囲いのある作業場があった。彼らそこへこもった。玉の枝をつくるための材料(金や銀)は、治めていた領地から集めてきた。
そして、かぐや姫が言ったとおりの品物ができた。こっそりなんばの港に運び込んだ。
車持の皇子は「船旅から帰ったぞ」と自宅へ知らせた。多くの迎えがなんばの港に集まった。
玉の枝は細長い立派な箱に入れられて、隠されるようにして京都へ運ばれた。
「車持の皇子はうどんげの花を持って帰ってきたのだ」と人々はうわさした。うどんげの花とは3000年に一度咲くとされている伝説上の花で、開花したときによいことが起きるという言い伝えがある。
そのうわさはもちろんかぐや姫にも届き、(あぁ。そんなに珍しい花を持ってこられたら、私は車持の皇子と結婚しなければならないわ)と胸がつぶれる思いであった。
そうこうしていると「こんばんは」と車持の皇子が門を叩く音がする。
「旅行帰りの服装で失礼ですが」と彼は一言つけて「命がけで玉の枝をとってまいりました。どうかかぐや姫にお見せください」と翁に箱を手渡した。和歌がそえられていた。
<(玉の枝を手に入れないうちには帰らないぞ)という決心をして、ついに持ち帰ってきました。あなたのことも手に入れないうちには今日は帰りません>
ぼうぜんとして枝と手紙を見ているかぐや姫に、翁はこう言った。
「課題として出した蓬莱の玉の枝を持ってきたのだから、文句は言えないだろう。旅の格好のまま来られたということはそれだけあなたのことを想っているということだし。結婚するべきではないか」
かぐや姫は頬杖をつき、不満げな様子である。
車持の皇子は「今さらつべこべ言われても困りますぞ」と縁側のあたりまで来た。
翁も「この国では見たこともない玉の枝だ。どうして断れるだろうか。たいへんな苦労をしたのだろうと思うぞ。いい人じゃないか」と乗り気だ。
かぐや姫は(親の言うことを最初から断るのはよくないと思ってああ言ったのに。どうしてわかってくれないのかしら。わざと難しいものを取ってくるように言ったのに)と思っていたが、それをまったく察せず、翁は部屋を整理し、対面の準備を始めた。
「ところで、どのような所にこの樹は生えていたのでしょうか。さぞかし幻想的で美しい場所なんでしょうな」と翁は車持の皇子に訊ねた。
彼は次のように語った。
なにわの港から船に乗って海に出ましたが、どこを目指せばよいのか、さっぱり見当がつきません。しかし(一度決めたことを成しとげずに何が人生だ)と思い、ただ風に任せてさまよいました。
死んでしまったらもはやそこまで。でも生きているうちは、わずかでも蓬莱山に行ける可能性はある。
あるときは荒れた波で海の底へ沈みかけ、またあるときは風に流されて鬼のような化け物に殺されそうになりました。
あるときは方向がまったくわからなくなり、またあるときは食料がなくなって草の根っこを食べました。
よくわからない怪物が出てきて食べられかけたこともありましたし、貝をとって飢えをしのいだこともありました。
どこへ行けばいいのかわからない。助けてくれる人もいない。いろいろな病気にもかかりました。そんな状況で私は、ただひたすら、船に乗ってただよっていました。
出発してから500日くらいが経ったとき、ある山が遠くに見えました。とても高く美しい山でした。
(あれこそ私の探していた山だ!)と喜びながらも、(すぐ上陸するのは危険かもしれない)と思って数日間は山の周りをこぎまわっていました。
そうしているところへ”天人”のような女の人が山から現われました。銀色のお椀で水をくんでいました。
私は船から降りて訊ねました。「すみません。この山は何という山でしょうか」
「蓬莱山です」
私は飛び上がって喜びました。その女性に名前を訊ねると「ウカンルリです」とだけ答えてさっさといなくなってしまいました。不思議な人でした。
さてその山は、登ることはほとんど不可能に思えました。そこで周りを歩いてみると、この世のものとは思えないような花や樹がいっぱいです。
金色、銀色、瑠璃色、さまざまな色で光る水が山から川となって流れていました。その川には玉で飾り付けられた橋がかかっていて、光り輝く樹が立っています。
この、私が取ってまいりました枝は、その中でも最高のものではありませんでしたが、姫がおっしゃった通りのものを選んできたつもりです。
蓬莱山はとても面白い場所で、この世のものではないような気がしていましたが、枝を折ったとたん、(これを届けねばならぬ人が私にはいるのだ)と思い出し、船に戻りました。
帰りは風にも恵まれ、400日ほどの旅でした。毎日祈り続けたからでしょうか。
そんなわけでなにわの港までたどり着き、昨日京都に帰ってきたのです。自宅にも寄らずここまで来たので、着ている物がちょっと潮くさいかもしれませんね。
車持の皇子の話は以上である。翁はすっかり感激して和歌を詠んだ。
<ずっと野山で竹取の仕事をしてきたが、あなたのようにつらいことはなかったなぁ>
これを聴いた車持の皇子は「これまでいろいろ悩んで落ち着かなかったのですが、今日やっとすっきりしました」と言って返事の和歌を詠んだ。
<私の服はこれまで波や涙にぬれ、乾くことはありませんでしたが、今日からはきれいに乾いて、つらい思い出は忘れることができるでしょう>
すると、ある男たちが6人ほど庭に現れた。ただならぬ様子である。彼らは礼儀正しく手紙をさし出して、こう語った。
「私は漢部(あやべ)と申します。金属を加工したり、アクセサリーを作ったりしています。今回依頼された玉の枝ですが、私たちは食事の時間も削り、たいへん一生懸命に働きました。おそらく1000日は働いたと思います。ですがいまだに報酬をいただいておりません。工員にも給料を払っていません。どうかよろしくお願いします」
「職人さんたちが言っていることは、どういうことだろうか?」と翁は首をかしげたが、車持の皇子は顔を青ざめ、冷汗をかきはじめた。
これを聞いていたかぐや姫は「手紙を読んでみましょう」と言った。
<車持の皇子は、1000日間、身分の低い私たちと一緒に工場にいらっしゃいました。『みごとな玉の枝を作り上げたなら、すばらしい地位や肩書きを与えてやる』と言われたので、私たちはとてもがんばりました。しかしいつまでたっても何のご連絡もないので、車持の皇子の奥さまになられるはずの、かぐや姫のお家で代わりにいただけるのではないか、と思い参上しました。>
「報酬をいただきたく存じます」と職人が言う。日が暮れ結婚の夜が近づき、暗い気分になっていたかぐや姫はこの言葉を聞いて心が軽くなった。
翁を呼んで「本物の蓬莱の玉の枝かと思ったけれど、くだらない嘘だったわ。はやく返してあげましょう」と言うと、翁は頷いた。「作り物だと聞いたからには、返すのが当然です」
かぐや姫はさっぱりした心持ちで和歌を詠んだ。
<本物だと聞いて見てみたら、言葉で飾られた枝でしたわ。がっかり>
翁は先ほどまで楽しく倉持の皇子と語っていたのがちょっと気まずくて、枝を返すとさっさと寝てしまった。
皇子のほうは立っていても、座っていてもみっともない。その場を去った。
さてかぐや姫は、訴えに来た職人たちを呼んで「どうもありがとう。とてもうれしいわ」とたいへん多くのお礼を与えた。彼らは「こんなにもらえるなんて!」と喜びながら帰った。
帰り道では車持の皇子が職人たちを待ち構えていた。
血が流れるほどの暴力をふるい、彼らがかぐや姫からいただいた品々をすべて捨ててしまった。職人たちは次々に逃げた。
車持の皇子は「一生の恥だ。これ以上恥ずかしいことはない。問題なのは結婚できなかったことだけではない。嘘をつくような人間だと思われてしまったこともだ。これからはみっともなく生きていかなければならない」と言ってひとりで山の中へ入っていってしまった。
彼の屋敷の人間が手分けをしてずいぶん探したけれども、生きているのか死んでいるのか、それさえついにわからなかった。
この頃「たまさかる」という言葉が流行った。魂(たま)が離れる(さかる)、つまりぼんやりしている様子をあらわした言葉である。魂と玉をかけているのだそうだ。まさに車持の皇子の心境だろう。
残念でしたね。あと一息だった。
あとは、翁の小物っぷりが目を引きます。車持の皇子の話に「まじですか!」と興奮しておきながら、作り話だとわかったとたん、ふて寝です。まぁ、気持ちはわかりますけど。
火鼠の皮衣
簡単なあらすじ
「燃えない布を持ってきました!」というので火にかけてみると、それはよく燃えた。
現代語訳(口語訳)
火鼠の皮衣をリクエストされた右大臣阿部(うだいじんあべ)のみむらじはお金持ちで、豪邸に住んでいた。
中国の知り合いである王慶(おうけい)に「火鼠の皮衣というものが必要なのです。そちらで手に入れて送っていただけませんか」という手紙を書いた。
それを家来の小野に渡し、代金と一緒に届けさせた。王慶はすぐさま返事をよこした。
<火鼠の皮衣は、この国にはありません。うわさでは聞いたことがあるのですが、見たことはありません。もしもどこかにあるならば、私のところへ誰かが持ってきているはずです。どうやら手に入れるのは難しいようですよ。もしかしたらインドの富豪が持っているかもしれません。ちょっと探してみます。もし見つけられませんでしたら、お金は後日お返しします。>
月日は経ち、中国の船が来たとの連絡を受け、小野は馬を走らせた。
右大臣阿部は一刻も早く届いたものを知りたかったので、とても速い馬を貸した。
箱と手紙が届けられた。手紙にはこう書いてあった。
<苦労しましたが、火鼠の皮衣、手に入りました。めったにない品物です。その昔、インドのお坊さんがわが国に持ってきたようです。西のほうのお寺に保存されていたのを買い取ってきました。少しお金が足りなかったので、こちらで立て替えておきました。その分は、こちらに帰る船の誰かに渡しておいて下さい。もし必要でなくなったのであれば、返品してくださってけっこうです。>
これを見て右大臣阿部は(何をおっしゃる。お金ならいくらでも払いますよ。私はたいへんうれしい!)と中国のほうを向いて感謝をささげた。
さて、火鼠の皮衣が入っているという箱を見てみると、さまざまな色の宝石で彩られた作りである。箱を開け皮衣を取り出す。深い紺色だ。それぞれの毛先は金色にきらきらと輝いている。
右大臣阿部は(これはすばらしい宝だ)と思った。これにおよぶ美しいものを彼は見たことが無かった。火をつけても燃えないということだったが、見た目だけでもその珍しさがわかる品物だった。
右大臣阿部は「なるほど。これほどすばらしい物であるならば、かぐや姫が欲しがるのもわかる。あぁ、これは良いものだなぁ」と言いていねいに箱にしまった。
(今夜はかぐや姫の部屋に泊まるのだからな)と彼は身じたくをし、和歌を詠み、それを花の付いた枝にくくりつけて箱に添えた。
<かぎりなく恋に燃えていた私の心も、焼けることのない皮衣を手に入れ、涙で濡れたそでを乾かし役目を終えました。おかげで、はればれとした気分で着物を着てうかがうことができます>
かぐや姫の家の門まで来ると、翁が箱を受けとりかぐや姫に見せた。
「美しい皮でできたものですね。でも、これが本物の皮衣だとは限りませんわ」という感想だった。
翁は「まぁとにかく客間にでもあがってもらいましょう。見たこともない皮衣です。いちおう本物だと思って扱いましょう」と言って、門まで行って右大臣阿部を中へ招き入れた。
かぐや姫は翁に提案した。
「火鼠の皮衣というものは、火にかけても焼けないと聞きます。もしこの箱に入っているものがそうでしたら、私は右大臣と結婚いたしましょう。おじいさんは『本物だと思って扱いましょう』と言いました。ならば焼いてみることも問題はないでしょう」
翁は「その通りだ。右大臣に許可をもらってくる」と彼に訊きにいった。
右大臣阿部は「私は中国にもないと言われたものを、苦労して手に入れたのです。何の疑いも持っていません」と自信満々に答えた。
そして皮衣は火にかけられた。めらめらとよく燃えた。
「やはり、偽物でしたか」 翁がつぶやいた。右大臣阿部は顔を青くするばかりだった。かぐや姫は「あぁうれしいわ」と喜んだ。せいせいした気分で返事の和歌を詠んだ。
<燃えてなくなってしまうと知っていたら、恋心も皮衣もそっとしておいたほうがよかったですね>
和歌を受けとり、右大臣阿部はしおしおと帰っていった。
彼のこの行動は「あへなし」と言われることになった。
「あえない」つまり会う=結婚することができなかったことと、「あへ」と「阿部(あべ)」をかけた言葉である。
また、「気に入らなかったら返品オッケーです」と王慶(おうけい)が言うところはギャグかと思いました。
品物が待ちどおしくてソワソワする右大臣阿部も、まんまネットで注文した物を待つ現代の人みたいですね。
竜の首の珠
簡単なあらすじ
竜の首にあるという珠を探して海に出た男は、荒れた天気で引き返してきた。変な病気にもかかった。財産もほとんど失った。
現代語訳(口語訳)
大納言大伴の御行(だいなごんおおとものみゆき)は竜の首の珠を頼まれた人だ。
彼は屋敷じゅうの人間を集めてこう言った。
「竜の首には五色に輝く珠があると聞く。それを持ってきたものには、どんなほうびも与えてやろう」
家来たちはそれを聞いてざわざわ口々に言い合った。「おっしゃる通りに探してみようと思いますが、竜の首にある珠なんて、どうやって探せばいいのでしょうか。とても難しいことですよ」
大納言はいらいらした。「お前たちは私に仕えているのだろう。家来というものは、たとえ命を捨ててでも、主君の願いをかなえようとするものである。竜は日本にいないわけではない。わが国でも海や山で目撃されたという話は聞く。決して中国やインドにのみ住んでいるものではないのだ。やれないことはないと思うが」
こう聞いて家来たちは「やってみましょう。たとえ難しいことですが、おっしゃる通りに出発いたします」と宣言をした。大納言は大いに満足。
「そうだ。お前たちは勇敢だと評判の、大伴家の家来なのだ。立派に主君の望みを果たしてくれ」
大納言は衣類や食料、資金などを屋敷にある限りたっぷり与えて出発させた。
「私だってただ待っているだけではないぞ。身を清めて家にこもり、神様に祈りをささげて毎日を過ごそうと思う。お前たち、竜の首の珠を得るまでは決して帰ってくるではないぞ」
家来たちは準備ができた者から出て行った。ところが「『珠を得るまでは帰るな』って言われたら、逆にやる気をなくすなあ。あるかどうかわからない物を探させるなんて、まったくわが主人も物好きだよ」などと言って、好き勝手なことをしはじめた。
ある者は自分の家でのんびり過ごし、またある者はずっと前から行きたかったところへ旅行に向かった。お金などはたっぷりあるのだ。
「ほんと、俺らの主君はムチャクチャを言うね」 大納言の悪口を言いあって過ごした。
さて大納言のほうはというと、「かぐや姫と結婚するとなれば、この家も豪華にしておかねばならんな」などと言い出し、職人たちを呼び集めた。
家を建て直し、きれいに塗った壁に金色や銀色で描いた絵をかけ、屋根を花で飾り、室内にも美しい模様の上質な布を張った。
(一夫多妻制だったので)奥さんたちを実家にみんな帰してしまって、かぐや姫を迎える準備をしながら、大納言は独り暮らした。
いくら待っても、家来たちは戻ってこない。一年経ったが何の連絡もない。
大納言はじれったくなって、手下を二人だけ連れて、こっそりなんばの港まで行ってみた。そこで船員をつかまえて訊ねてみた。
「あの、すみません。大伴の大納言の家来の人たちが、船に乗って竜の元へ行って、殺したあとでその首から珠を取ってきたという話を聞いたことはありませんか」
船員は「おもしろいことを言う人ですね」と笑った。「そんなことをするために船を出す人なんていませんよ」
大納言は怒った。
「ふざけたやつだ。私は大伴の大納言だぞ。ばかにしやがって。私の弓は竜を殺すほどの腕前だ。こうなったら私みずからが出て行って、珠をとってきてやる。ぐずぐずしたのろまな家来には任せておけぬ」
さっそく出航し、さまざまな海をめぐった。そして都からだいぶ離れた筑紫(つくし)というあたりへたどり着いた。
どこから来たのか、風が強く吹いている。あたりは暗くなり、船はがたがた音を立てる。
よくわからない力が船を海の中へ引きずり込もうとしている。波は高く、つぎつぎと襲いかかってくる。雷がきらめいた。大納言はおどおどした。
「ひどい状況だ。どうしてこうなったのか」
船乗りは泣き出した。「あっしが今まで海で遭ったなかで最悪ですわ。船が沈まないとしても、雷が落ちてこっぱみじんですよ。もし運良く神様が助けてくださるとしたら、南のほうになんとかたどり着けるかもしれませんが。あぁ、とんだ客を乗せちまった。こんな死に方なんて、ばかばかしいや」
「お前の腕を見こんで私は命を預けているのだ。しっかりしてくれ。情けないことを言わないでくれ」と大納言は叫んだが、胃の中のものを吐きながらだったのでなんともかっこうが悪い。
「あっしは神じゃありませんので、もうどうすることもできやしません。たぶんこれは、大納言さまが竜を殺そうとしたことのバチなのではないかと思いますぜ。海も空も荒れているのはきっと竜の仕業です。ここは反省して、おわびに祈るしかないと思うんです」
船乗りの提案に大納言は「わかった」と言った。
「海の神様、申し訳ございません。おろかな私は何も考えず、竜を殺そうとしてしまいました。これからは心を入れ替えて、竜の毛一本ほども動かそうとは思いません。許してください」
大納言は祈りの言葉を、立ちあがって空に叫んだり、ひざまずいて海に呼びかけたりした。それを1000回ほど繰りかえした。効果があったのか、雷は鳴り止んだ。遠くのほうでわずかに光るばかりである。風は変わらず激しく吹いていた。
船乗りは「やはり竜のしわざでしたわ。今の風はさっきよりもずっといい風です。これならうまく進めそうですぜ」と大納言に言ったが、彼は震えるばかりで何も耳に入らない様子であった。
数日後、ある浜にたどり着いた。確認してみると明石(あかし)である。大納言は「南の、よくわからない島に来てしまったようだな」とうずくまりながらあたりを眺めた。
船乗りの連絡によってすぐに役人たちが来たけれども、大納言は突っ伏したままである。仕方がないのでかついで船から降ろし、近くの松林に布を敷いてそこへ運んだ。
そこでやっと大納言は「ここは南の島ではない」と気づいてよろよろと身を起こした。
どうやら何かの病気にかかってしまったらしく、腹と両目がはれていた。特にまぶたのところがひどく、スモモを2つくっつけたようにふくれ上がっていた。そばにいた役人は、それを見て笑ってしまうのを抑えられなかった。
大納言は自分が乗るためのかごをわざわざ作らせ、それに乗って京都の家まで帰った。体調はまだ良くなく、うんうんうめきながらの帰り道であった。
彼が帰ってきたと知り、家来たちも戻ってきた。
「私たちは竜の首の珠を取ってくることができませんでした。ご自身でも行かれたようですが、だめだったと聞いています。珠を取ってくることがどんなに難しいかご理解されたと思いまして、これならおしかりは受けますまい、と考えて帰ってまいりました」
大納言は起き上がってこう言った。「お前たち、珠をよく持ってこなかった。ほめてつかわす。竜はきっと雷の仲間だ。珠を取ろうとしただけでひどい目にあった。もし竜を捕まえていたら、私たちは殺されていただろう。よく捕らえないで帰ってきたなあ」
「おそれいります」
「そもそも珠を取ってこいなどと頼んだのはかぐや姫である。とんだ大悪党だ。人を殺そうとした悪女なのだからな。あの家に近づくことさえ恐ろしい。お前たちもあの辺りをうろつくのはやめよ」
そう言って大納言は家に残っていたわずかな宝物を、竜の首の珠を取ってこなかった家来たちにみんなあげてしまった。
この話を聞いて、実家に帰らされていた妻たちは大笑いした。
かぐや姫のために新築した家は、屋根が鳥の巣になって古びていった。
「大伴の大納言は、竜の首の珠を取って帰ってきたそうじゃないか」
「違うぜ。両目の上にふたつ珠をつけて戻ってきたけれども、たぶんあれはスモモだ。食べられないけどな」
世間では笑いの種になった。
「恥ずかしいこと」を意味する「たえがたい」という言葉は「(スモモが)食べられない」がちょっと変化して「食え難い(たえがたい)」になり生まれたようだ。
思い込みが激しかったり、無計画に海に出たり、メンタル的に弱かったりして、結局うまくいきませんでした。部下にも恵まれませんでしたしね。
燕の子安貝
簡単なあらすじ
燕の子安貝を手に入れようとした男は、高いところから落ちて身体を壊した。かぐや姫はお見舞いの和歌を詠んだ。
現代語訳(口語訳)
中納言石上の麻呂たり(ちゅうなごんいそのかみのまろたり)は自分の家で働いている家来たちに向かい「燕が巣を作ったら教えてね」と言った。
家来たちは「どうしてですか」と訊ねた。中納言は答えた。「燕が持っているという子安貝をゲットするためだよ」
それを聞いて、ある男が進み出て言った。
「私は何回か燕を殺して腹の中をさぐってみたことがあるのですが、何もありませんでした。おそらく体内には持っていないと思われます。しかし子どもを産むさい、どこからともなく出すと聞いたことがあります。人間が近づくと隠してしまうといううわさもあります」
またある家来はこう言った。
「ご飯を作るところの建物に、いっぱい燕が来て巣をつくっているようです。そこに足場を組んで、観察のために何人か置いてみたらいかがでしょう。燕が子どもを産むときになったら、子安貝を取ればよいのです」
中納言は「いい案だねえ。僕はちっとも気づかなかったよ」と喜び、まじめな男たちを20人ほど選んで、足場とともに待機させた。
彼はまだかまだかという気持ちで、ひっきりなしに屋敷から使いの者を送ったが、そうそう簡単に見つかるものではない。燕たちのほうも、人がわらわら集まっているので、巣にも帰りづらく、ましてや出産するどころではなかった。
そんな状況を使いの者が報告すると、「どうしたもんかねえ」と中納言は周りの顔を見回した。
倉津麻呂(くらつまろ)という倉の管理をしているじいさんが「よい作戦がありますぞ」と手を挙げた。中納言は「ちょっと教えてよ」と近くへまねいた。
「まず、今やっている作戦は、だめです。こんなことをしていては、いつになっても子安貝を手に入れることはできません。あんなにぞろぞろ大勢の人が上ったり下りたりしていては、燕も怖がって寄ってきません。だから私の作戦としましては、まず人数を減らします。巣の近くにはひとりだけを配置するのです。そして上り下りするとき物音をたてないように、かごに乗せて遠くからロープで引っ張ったりゆるめたりするのです。という風に、燕が子どもを産んでいるすきに、さっと子安貝を取るのがよいでしょう」
「それ、良さそうだね!」と中納言はアドバイスどおり、ひとりを残して家来を引きあげさせた。倉にはひとりを。離れたところにロープ係を数人置いた。
ふと疑問に思ったので、中納言は倉のじいさんに訊ねた。「ところでさ、燕って、子どもを産むときに出すサインみたいなものってあるのかな。『こうなったら出産しますよ』みたいな」
「あります。燕は子どもを産む前に、必ず尻尾を高く上げて7回転するのです。そのときがチャンスです」
またまた中納言は大喜びして、家来たちに知らせを出した。
「それにしても、あなたは僕の部下でもないのにいろいろ教えてくれて嬉しいですよ。ほんとうにありがとうございます」と倉のじいさんに衣服をプレゼントして礼をのべた。「さらにお願いなんですが、夜になったらまた来てくれませんか。指示とか、出してほしいし」
そして日が暮れた。中納言は倉まで様子を見に行った。たくさん燕の巣があった。
倉のじいさんが教えてくれた通り、何羽かが尻尾を高く上げて7回転していた。
さっそくかごを吊り上げて探らせるが「ありません」とのこと。
中納言はいらいらしてきた。「ええい、探し方がわるいんだ。誰か見つけてくれそうな人はいないか。いないな。じゃあ僕が自分でやるしかないな」とかごに乗り、例の回転をしている燕のいる巣に手をつっこんだ。
平たい感触がしたのでそれを握り「とったぞ。下ろしてくれ。じいさん、僕やったよ!」とはしゃいだ。
中納言は「早く下ろせ」と興奮した様子。ロープを握る者たちはあせって操作をまちがえた。そして不運なことに、かごはまっさかさまに落ちてしまった。
その場にいた人びとは「大変だ」とあわてて地面にたたきつけられた中納言の元にかけつけた。白目をむいて意識がない。
水を飲ませるなどして看病をした結果、中納言は目を覚ました。しかしまだもうろうとしている。
「中納言殿、大丈夫ですか」と声をかけると、かろうじて声をしぼりだした。
「気持ちは少しはっきりしてきたけれども、腰がだめだ。まったく感覚がない。僕はもう歩けないかもしれない。でも、子安貝を手に入れたんだ。こんなに嬉しいことはない。ろうそくを持ってきてくれ。よく見たい」
満足そうな顔をして中納言が手のひらを広げると、握っていたのは燕の乾いたフンだった。
「貝ではなかったのか」
このときの中納言のセリフは「苦労したけどほとんど意味がなかった」という意味の言葉、「かいがない」「かいなし」の語源になったという話である。
さてその後の中納言であるが、自分の握っていたのが子安貝ではなかったと知り、とても悲しいどん底の気分であった。プレゼントするときに使おうと思っていたきれいな箱もむだになり、さらに腰が骨折していたことがわかった。
彼は自分の子どもっぽい行動で身体を壊したことを恥ずかしく思い、人に言えないでいた。ただ「病気になりました」と言って家で寝てばかりいた。気分はますます落ち込むばかり。
そのうちかぐや姫がうわさを聞きつけてお見舞いに和歌をおくった。
<最近こちらにいらっしゃいませんけど、貝がなく、待つのはむだだと聞きました。ほんとうでしょうか>
中納言はすっかり気が弱っていたけれども、なんとか身を起こして、苦しみながらも返事を詠んだ。
<貝はありませんでしたが、あなたから和歌をいただいてとてもうれしいです。これで結婚までしていただけたら最高なのですけれど>
最後まで書き終わると、筆を置く間もなく、中納言は息をひきとった。
これを知ったかぐや姫は、かわいそうな気持ちになった。だから、中納言のがんばりを「やっただけのかいはあった」と言う人もいた。
まさか彼が死んでしまうとは。物語がだんだんエスカレートしてきました。
ちなみにこれで、課題を出された5人の求婚者は全滅です。
この後、クライマックスに向けていよいよ「あの方」が登場します。
御狩の御行
簡単なあらすじ
ミカドがかぐや姫に恋をする。強引に攻めたが、うまくいかなかった。
現代語訳(口語訳)
かぐや姫の美しさは、ミカドというとても偉い人の耳にも入った。
ミカドは側近のふさ子に「いろんな人が身を滅ぼすほど恋焦がれたかぐや姫はどんな女なのだろうか。ちょっとその目で見てきてくれないか」と頼んだ。
ふさ子はかぐや姫の家を訪れた。翁の妻である、嫗(おうな)が出迎えた。
「かぐや姫はとても美しいといううわさです。ミカドが気にしてらしたので、私が代わりに見に来たというわけです」
「そうなんですか。では、ちょっとお待ちくださいね」
嫗はかぐや姫に部屋から出てくるように言った。しかしかぐや姫は「私はぜんぜんきれいじゃありませんわ。お目にかかるなんて、恥ずかしい」と気の進まない様子だ。
「そうは言ってもね、ミカドの使いの方なんですから。このまま帰れとも言えないでしょう」
「ミカドなんて、私、怖くもなんともないわ」
嫗は、そう強気になることもできず、ふさ子のところへ戻ってきた。
「すみません。がんこな娘なのです。お会いできそうにないです」
これを聞いてふさ子は強い調子で言った。
「見て来いと言われて私はここまで参ったのです。どうしてこのまま帰ることができるでしょうか。ミカドはこの国の王さまのようなお方ですよ。あなた方はこの国に住んでいるのでしょう。平和に暮らせているのは、誰のおかげだと思っているのですか!」
とても激しくどなっていたので、かぐや姫の部屋まで声は届いた。
「そんなに見たいのなら、殺してからひきずりだせばよろしいのですわ」 誰に言うでもなく彼女はつぶやいた。
結局ふさ子はこのまま帰り、ミカドに報告をした。
「そうか。仕方がない。深入りすると、今までの人びとのように命を落としかねないし。あきらめようか」
そう言っていったんは納得したが、時間が経つと、やはりまた気になってくる。
(悪女だとしても、私は負けんぞ)と思って翁を呼び出した。
「お前の家のかぐや姫を、私の近くに仕えさせたい。スカウトの使者を送ったが、そのかいなくただ帰ってきただけだ。どういう風に育てたら、私ミカドの命令を断るようになるのだ」
翁は背筋を正して答えた。
「わが娘は、とてもミカドのおそばにいられるような性格ではありません。わがままで、やんちゃで、私も妻も困っているほどです。しかし、せっかくのお話なのですから、帰ってまた私から話してみましょう」
「頼むぞ。もし仕えることになったのなら、お前にすごい地位を与えてやろう」
翁は喜んで家に帰った。かぐや姫に言う。
「こんな風にミカドがおっしゃってくださったのだ。どうしてもお仕えする気にはなれないか」
「もしそうなったとしても、私はきっと逃げ出してしまうでしょう。そんなに位が欲しいのですか。それならば、私はお仕えしますけど、すぐに消えるか死ぬかしますわ」
かぐや姫の真剣な目つきに、翁はあわてた。
「そんなことを言わないでくれ。たとえりっぱな地位をいただいたとしても、自分の娘を失っては、生きる意味がない。そこまでして、位など欲しくはないのだ」 翁は必死に否定した。
「それにしても、どうしてそんなに嫌がるのだ。死ぬような苦しみを味わう仕事でもないだろうに」
「そもそも男の方のそばにいるというのが、いやなのです。これまでたくさんの人のご好意を断ってきたので、それはおわかりでしょう」
「それはそうだ」
「それに、ミカドのお話はついこの間持ちかけられたばかり。ここで『はいミカドなので喜んで』とほいほい行ってしまっては、いままでのお方に申し訳がありません。恥ずかしさで、私は死ぬより苦しむでしょう」
翁は納得した。「わかった。私としては、あなたが生きていることが一番なのだ。世間にはどう言われてもかまわない。では、ミカドにお断りしに行ってくる」
ミカドの元に参上してこう述べた。
「おおせのままに、わが娘を説得しようといろいろ手を尽くしましたが、『お仕えしたら私はきっと死ぬ』とのこと。そのそも彼女は、私が竹の中から見つけた女の子。ふつうの人とは考え方が違うことをお許しください」
ミカドはウムとうなった。
「そこまで言うなら仕方がない。それでは別の頼みごとをしてもよろしいか」
「なんでしょう」
「お前の家は山のふもとだったな。そのあたりで狩りをするふりをして、ちらっとかぐや姫の姿を見てみたいのだが」
「はい」 翁は頷いた。「あの娘がぼーっとしている時にでもいらっしゃったらよいでしょう」
二人はその場で、細かいところまで相談をした。
後日、ミカドは計画どおり外出し、家の近くまでやって来た。
門のところからちらっとのぞくと、身体じゅうから光があふれているような、たいへん美しい人が座っていた。
「あの人に違いない」とミカドは気分が高まって、かぐや姫に近づいた。もちろんかぐや姫は逃げる。そでを捕まえたが、顔だけはしっかり隠してじっとしている。
「放しはしない」
ミカドはすっかり興奮して、連れて帰ろうとぐいぐい引っ張った。かぐや姫は抵抗する。
「私はこの国に生まれた人間ではありません。ご一緒できませんわ」
ミカドにはそんな言葉も耳に入らない様子で、「おい、乗り物を持ってこい」と家来に言ったりなどしている。
ここでふと、かぐや姫の姿が消えてしまった。
着物をつかんでいたはずなのに、急に目の前からいなくなったので、ミカドはびっくりした。
「やはりただものではなかった」となぜか感心している。
そして頭が冷えたようで「悪いことをした。もう連れて帰ろうとはおもわない。どうか最後にまた姿を現してくれないか。ひと目見たらすぐ帰る」と辺りに呼びかけた。かぐや姫はふたたび現れた。
ミカドは翁にお礼をのべて帰った。
帰り道でミカドは和歌を詠んだ。かぐや姫を残してきたことがなごり惜しかったのだろう。
<帰りながら、ついつい後ろを振り返ってしまうのは、私に背を向けて留まった、あなたのことが気になるからだろう>
かぐや姫も返事の和歌を詠んだ。
<草木が生いしげる家で育った私が、今さらどうして豪華な家で暮らすことができるでしょうか>
これを読んでミカドはいっそう恋の炎が燃え上がった。
(このまま帰りたくない)と思うけれども、お供がたくさんいるので、そんなわがままも言っていられない。大人しく宮中に帰った。
さて、ふだんミカドの周りにいる女性たちは、美人ばかりのはずであるが、あらためて見てみると、かぐや姫の美しさにはとうてい及ばない。
ミカドはかぐや姫のことばかりを考えて毎日を過ごした。何度か手紙のやり取りもした。
っていうかミカド、強引すぎ。
(押すばかりではなく、たまには引いてみるのもよいのでは?)と思いました。
天の羽衣
簡単なあらすじ
人びとのがんばりもむなしく、かぐや姫は空へ昇っていった。
現代語訳(口語訳)
というわけで、ミカドとかぐや姫の文通は3年ほど続いた。
春のはじめの頃から、かぐや姫が月を見ながら何かを考えているような顔をすることが多くなった。
お付きの人が「あんまり月を眺めていると、よくない事が起きますよ」と忠告したが、誰からも隠れて、そうして月を見て泣いている、ということもあった。
満月のときなどは特に深刻そうな表情をするのであった。お付きの人びとは心配して翁に相談した。
「かぐや姫はふだんから月を眺めることがあったのですが、このごろは何か様子がおかしいです。なにか心配ごとがあるのかもしれません」
そうは言われてもよくわからないので、翁は直接訊ねてみることにした。
「どんな気持ちで、何に悩んで、そんなに月をじっと見つめているのか。生活に不安があるわけではないだろう」
「べつに、理由はありませんわ。月を見ていますと、なんだかこの世に生きているのが不思議に感じられるだけです。悩みなど、ございません」
こうは言ったものの、かぐや姫は何かを隠している様子だったので、翁はねばり強くそれを聞き出そうとしたが、なかなかはっきりした答えをしてくれない。じれったくなり「もう、月を見てはだめだ。そうしたなら、わけもわからず悲しい気持ちになることもなくなるから」と強く言った。
「そうは言いましても、自然と目に入ってしまうものですから……」
かぐや姫は言い訳するように言った。
結局、月が出るとそれを見て涙を光らせるのは、やめさせることができなかった。お付きの人たちの間にも心配が広がっていく。親ですら涙の理由はわからないまま、日は過ぎていった。
秋の「十五夜」という、月がたいへん大きく、また美しく見える夜が近づいてきた。
かぐや姫は外へ出て、もはや人目を気にすることなく、思う存分泣いている。家中の者が「何事だ」と騒ぎ始める。かぐや姫がとうとう口を開いた。
「前から話そう、話してしまおう、と思っていたのですが、きっとたいへん驚かれるだろうと心配で、黙っていたことがあります。隠したままで日々を過ごすのは、もう限界です」
「どういうことだ」と翁が聞く。
「実は、私はこの国の者ではないのです。月から来た人間なのです。前世で、あることをしてしまったので、今回はこの世界に生まれることになりました。そして今、帰らなければいけない時が来ました。十五夜に、その国から私を迎えに人々が訪れます。これはどうしようもないことなので、私はとても悲しいのです。それを、今年の春のころからずっと悩んでいました」
言い終えると、かぐや姫はさらに激しく涙を流した。
「これは一体……そんな話は信じられない。竹の中から種のような大きさのあなたを見つけてから、私たち夫婦は今まで、こんなに立派になるまで育ててきたのだ。それを今さら迎えに来る人がいるとは。許せない」
翁も涙を流して怒りをあらわにした。かぐや姫はさらに話を続ける。
「月の都にもきっと、私の両親のような人がいるのだと思いますが、まったく記憶にございません。私はこの国に長く楽しく暮らすことができました。迎えが来るとわかっても、ちっとも嬉しくありません。悲しいばかりです。でも私の気持ちに関わらず、戻らねばならないのですわ」
二人は抱き合って泣いた。家に使えている者たちも、かぐや姫を小さいころからよく知っているので、同じように悔しがって泣いた。
噂はミカドにも伝わった。すぐにかぐや姫の家へ使いを送る。
使者は、悲しみのあまりヒゲがすっかり白くなり、腰も曲がり、たいそう老いたような翁に会った。涙のあとがくっきり残っている。
「なにか、ひどく悩んでいることがあるとうかがったのですが、本当ですか」と訊ねた。
「はい。次の十五夜のときに、月の都からかぐや姫の迎えが来るようなのです。それが残念で、悔しくて、泣いておりました。とても失礼なお願いだとは思いますが、どうかミカドのところから兵士をよこしていただき、そいつらを捕らえてはいただけないでしょうか」
翁は涙を流しながら頭を下げた。使者がその様子と言葉を伝えると、ミカドは真面目な表情でこう言った。
「たった一目見ただけの私ですらかぐや姫のことを忘れることができないのだ。かぐや姫と長年暮らしてきた翁の悲しみは相当なものだろう」
十五夜になった。ミカドは高野大国(たかのおおくに)に命令して、かぐや姫の家を守らせた。軍隊は2000名ほどである。周りの塀に1000名、屋根の上に1000名を配置した。かぐや姫の家の使用人たちも武器を持ち、がっちり守りを固めた。かぐや姫は厚い壁の部屋に、嫗と一緒に座っていた。
翁は安心して外で腕を組んでいる。「これだけの守りだ。けっして天から攻めてくる人にも負けないだろう」
屋根の上にいる人とは「なにかが見えたら、すぐ矢を撃ってくださいね」「こうもり一匹でも逃がしはしません」と会話を交わした。翁は満足そうに笑った。
しかし、かぐや姫は喜ぶどころかため息をついた。
「しっかり守って戦おうとしても、むこうの人々とは戦うことすらできないでしょう。弓矢だって役には立ちません。どんなにガードを固くしていても、あの人たちはたやすく開けてしまうでしょう。どんなに戦う勇敢な心を持っていたとしても、月の人たちが目の前に現れたなら、戦う気持ちがすっかり消えてしまうでしょう」
翁はその言葉に答えてこう言った。
「私はやるぞ。月のやつらの、目を爪で突いてやる。髪をつかんでふりまわしてやる。尻を出させて、恥をかかせてやる」
かぐや姫は暗い顔のまま。「大きな声を出さないでください。みっともない。私たちのお別れの時なのですから」
そして思い出をふりかえる。
「これまで私がいただいた愛情に、とても感謝しております。この世界で長く一緒に暮らすことができない運命だったことが悲しくてなりません。育ててもらった恩返しの、親孝行もできずに去ることになってしまい残念に思います。この数日、月に向かって『どうかあと一年だけここにいさせてください』と願いをかけていたのですが、どうやら叶えられなかったようです。お心を乱したままで帰ることをお許しください」
かぐや姫は泣いていた。
「月の都では、年を取ることなく、そして何事にも悩むことなく暮らしていけるそうです。でも、そんなところへ行けるのだと知っても、ちっとも嬉しくありません。できれば、お父さんとお母さんと、一緒に年を重ねたかった」
翁は「胸をいためるようなことを言わないでくれ、きっと大丈夫だから」と彼女をなぐさめた。
夜が更けた。
しかし、深夜だというのに、家の周りが昼かと思うくらい明るくなった。満月の明るさを10倍にしたくらいの光で、毛穴すら見えそうなほどの明るさ。
空からぞろぞろと雲に乗った人間が降りてきて、地面からすこし浮き上がったところに整列した。
これを見た誰もが、わけのわからぬ力で押さえつけられたように、戦う気持ちをすっかり無くしてしまった。
なんとか「やるぞ」と思い立って弓を構えようとした人もいたけれど、すぐに手の力が抜けてしまった。
いちばん勇敢な兵士がやっとのことで撃つことができたが、ぜんぜん違う方向へちょっと飛んだだけだった。
そんなわけで、かぐや姫を守るために集まっていたはずの人々は、ただぼうっとして、お互いの顔を眺めているだけであった。
月の人たちは、見たこともないような清らかな衣装を着ていた。空を飛ぶ乗り物を持ってきており、そこには大切な人を乗せるための飾りつけがしてあった。
「造麻呂(みやつこまろ)、出てこい」とその中のトップだと思われる人が言った。
翁は先ほどまでけんか腰だったが、自分の本名を呼ばれ、ふわふわした気持ちでひれ伏した。
「貴様はつまらない人間だが、つつましく、真面目に生きていたので、かぐや姫を少しの間預けていた。そのおかげで貴様は、別人のように金持ちになれただろう。かぐや姫はこちらの世界で罪をおかしてしまったので、しばしの間、この世界に降りてきていたのだ。貧しい貴様のもとへだ。だが、罪をつぐなう期間は今日でおしまいだ。私たちが迎えに来たのだから、貴様がいくら泣き叫んでもむだだ。さっさとかぐや姫をここへ連れて来い」
思ってもいなかった話を聞かされ、翁は驚いた。
「私はかぐや姫を20年間も育ててきました。それを『少しの間』とおっしゃることはどういうことでしょうか。別のかぐや姫と間違えていらっしゃるのではありませんか」
言い訳を並べる。
「それに、私のところのかぐや姫は、たいへん重い病気にかかっておりまして、外出などできる状態ではないのです」
天の人は翁の言葉を無視して、空飛ぶ乗り物を近くに寄せた。そして「さあ、かぐや姫。こんな汚らしいところから、早く旅立ちましょう」と家に向かって叫んだ。
その言葉を合図にしたかのように、家じゅうの戸や窓が、次々と開き始めた。誰も手を触れていないのに、すべてが開け放たれた状態になった。
嫗に抱きしめられていたかぐや姫も外へ出てきた。翁はどうしようもなくて、ただ涙を流すばかりであった。
そんな翁にかぐや姫は声をかける。
「私としても、行きたくて行くのではないのです。同じように悲しい。せめて、お見送りだけでもしてください」
「こんなに悲しいのに、見送りなんて、できるはずもない。どうしてそんなひどいことを言うのか。私も一緒に連れて行ってはくれないか」
翁が泣く姿を見て、かぐや姫の心は揺れ動いた。
「手紙を置いていきましょう。私を思ってつらいときは、それを眺められるように」
手紙の内容は、以下のようであった。
<もし私がこの国に生まれていたのであれば、このように悲しませることもなく、ずっとおそばにいられたでしょうに。お別れしてしまうこと、繰り返しになりますが、残念でなりません。私が身につけていたものを置いていきます。形見だと思ってください。月が出た夜は、見上げてください。ああ、両親を置いてゆくなんて、空から落ちるような気分です。>
天の人が持ってきた箱の中には「天の羽衣」という着物と、不死の薬が入っていた。
ある天の人が「こちらのお薬をなめてください。汚いところにいてすさんでいた気持ちが、すっきりしますので」と言ってかぐや姫に壺をさし出した。
かぐや姫はそれを少しなめ、残りは置いていくために脱いだ服に包もうとしたが、止められた。
天の羽衣を着せられそうになったかぐや姫は「ちょっと待ってください」と言った。「これを着てしまうと、記憶が書き換わってしまうと聞きます。一言書き忘れたことがあります」とまた手紙を書き始めた。
天の人は「早くしてください」とせかしたが、かぐや姫は「最後なのですから、大目に見てください」とミカドに対する文章を静かに、落ち着いた様子で書いた。
<とても多くの人たちをお借りしましたけれど、月からの迎えを防ぐことはできませんでした。残念で悲しいことです。いつかお仕えしないかと誘われたのを断ったのも、このような面倒な事情があったためです。お断りしたときにわがままにふるまってしまったこと、おわび申し上げます。無礼な女だと思われたままなことが、心残りです。>
手紙の最後に和歌をそえた。
<天の羽衣を着る今まさにこの瞬間、あなたへの想いがあふれてきました>
書き終えると壺に入った薬とともに、高野大国へ渡した。
そしてかぐや姫は天の羽衣を身につけた。
そでを通した瞬間、さまざまな悲しい気持ちや、名残り惜しいといった感情が、すっと頭から消えた。
「天の羽衣を着た人」は、迷うことなく空飛ぶ乗り物に乗った。そばの天の人たちも乗り込み、浮き上がり、空へ昇っていった。
その後。
翁と嫗は、血がすべて涙に変わったかと思うほど泣き、苦しんだ。かぐや姫の残した手紙を見ても「何のために生きるのか。誰のために。何をする気にもなれない」と言って、病気になっても薬すら飲まずに、寝たままで毎日を過ごした。
軍隊を率いていた高野大国は帰り、かぐや姫を引き止めることができなかったことをミカドに詳しく報告した。不死の薬が入った壺と手紙も渡した。
ミカドは手紙を広げ、とても残念な表情をした。それからあまり食べ物も食べず、好きだった狩りにも行かなくなった。
ある日大臣たちを集めて「この辺りで、天に一番近い山はどこか」と訊ねた。ある人が「駿河(するが)にある山でしょう。ここからも天からも近いです」と答えた。
これを聞き、ミカドは壺に和歌をそえて調の岩笠(つきのいわがさ)にたくした。彼が選ばれたのは「月」にも「竹」にも関連した名前だったからである。ちなみに和歌はこのようなものであった。
<もう会えないと思うだけで涙が流れる。その悲しみの海に浮かぶような気持ちです。いただいた不死の薬も、使う気になれません>
調の岩笠は駿河にある山の頂上で、指示されたとおりに薬を燃やした。
彼はたくさんの武士を連れていったので、その山は「武士がいっぱいいる山」、「武士に富む山」、「富士山」と呼ばれることになった。それは不死(ふじ)の薬を燃やした不二(ふじ)の「不死山」でもある。
薬を焼いた煙は、今でも山の頂上に雲になって見えることがあるという。
これまでもこれからも、月は空で輝いています。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
おわりに
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