西加奈子『漁港の肉子ちゃん』800字書評

生存能力とコミュニケーション感度の相関関係

KKc
西加奈子『漁港の肉子ちゃん』の800字書評です。

 

 とんでもない題名だと思った。
 「漁港」はいいとしても「肉子ちゃん」はないだろう、と。標準体型からかなり逸脱した女性をイメージさせるような呼び名である。どうして「肉子ちゃん」は「肉子ちゃん」とされることを受け入れたのだろう?

 

 タイトルからもわかるように漁港で働く「肉子ちゃん」が本作のメイン・キャラクターである。そのような蔑称ともとれる「あだ名」を甘受していることからも推測されるように、たいへんおおらかな性格である。とても明るく人気がある。底なしの明るさである。

 

 「肉子ちゃん」はコミュニケーション感度がたいへん高い。これは彼女がシングルマザーとして生き延びていることのひとつの要因であるように私は思う。

 

 生存能力の高さとコミュニケーション能力には相関関係がある。それは肉子ちゃんとキクリン(肉子ちゃんの娘)の家庭だけに見られる法則ではなく『漁港の肉子ちゃん』全体に伏流しているように私は感じた。

 

 漁港の人々は、しばしば血縁関係にある集団よりも親密なふるまいをする。それは、そのように「仲良く」することが生き延びる可能性が高いことを彼らは知っているからである。

 

 仮に「危機的状況」に陥った場合、私たちはおそらくひとりでは生存できない。そのときに必要な「他者の支援」をとりつける最良の手段は「他者に友好的に接すること」である。

 

 著者・西加奈子が『漁港の肉子ちゃん』でほのぼのとした日常を描きながらも、「あとがき」で震災に触れたのは、「クライシス」で大切なのは「肉子ちゃんのように存在すること」だと考えたからかもしれない。

(667字)

 

作品情報

著者:西加奈子
※書評を書くにあたって内田樹『こんな日本でよかったね 構造主義的日本論』文春文庫,180頁「生き延びる力」を参考にしました

おわりに

KKc
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