チェスとカーリングと将棋|柚月裕子『盤上の向日葵』感想

あらすじ

 舞台は将棋の聖地、山形県天童市。

 棋士という、命を削って将棋を指す人間たちを題材としたミステリー小説。

 盤上に向日葵が見える男はどのような人生を送ったのか?

感想

 珍しくテレビを見ていたら「氷上のチェス」と呼ばれるカーリング競技をやっていた。

 カーリングを平たく表現すると、氷でできたフィールドの上に描かれた円の中心にどれだけ自分の石を近づけることができるかを競うゲームである。意志の強さを試されるスポーツだと私は認識しています。

 私はチェスもカーリングもやったことがないので、いったい何が氷上のチェスなのか、よくわからないけれども、テレビ解説により最大の特徴として挙げられていた「レフェリーがいないこと」には大いに驚いた。

 氷の上には自分のチームと相手チームしか存在しない。

 審判がいないことは、一般的なスポーツではありえない光景である。

 スポーツとは「裏をかくこと」が基本的な攻略方法である。

 当たっていないボールを当たったと言ったり、当たっていない足に当たって転んだり……。

 そのようなふるまいができるのは、人間の審判特有の「揺れ」というか「ゆらぎ」のようなもののおかげだと私は思う。

 カーリングは、そのようなものを(ほぼ)完全に排除することができたスポーツなのだろう。スポーツの究極のひとつの形だと思う。

 ところで一方チェス競技はというと、ジャッジは存在するのだろうか?

 Googleしてみたところ、日本チェス協会が審判の公認をしているようなので、たぶんいるのでしょう(検索5秒なので信憑性は公認しません)。

 ついでに「向日葵」もGoogleしてみたところ、花言葉は「私はあなただけを見つめる」のようです。

 将棋もチェスもカーリングも、さらにいうと「向日葵」を描いたゴッホの画家という職業も、何かを、それだけを必死に見つめることが一流というかプロフェッショナルの最低条件なのではないかと思います。

 向日葵の、太陽だけを一心に見つめる姿は尊敬したいものです。

 太陽をサングラスなしで見つめるのは、人間にはおすすめできない行動ですからね。

おわりに

KKc
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