西川美和『永い言い訳』あらすじと感想|提示されたひとつの答え

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あらすじ

 主人公は人気作家。既婚だが、事故により妻を失う。
 愛情が冷めていた彼は、妻の死に際して、悲しみを「演じる」ことしかできなかった。
 主人公は、同じようにして母親を失った家族と出会う。
 死者と残された者はどのようにして関係を紡いでいくのか。
 <愛するべき日々に愛することを怠ったことの、代償は小さくない

感想

 「突然の別れ」という表現があるけれど、世の中には「突然の別れ」がどちらかといえば多く、「突然ではない別れ」が比較的少ないように思う。
 最近私は髪をカットしてもらっている美容師さんと別れたのだけれど、それは「突然の別れ」であった(あるとき唐突に「家業を継ぐから辞める」と言われた)。近所のお気に入りのレストランが閉店した。これも「突然の別れ」だった。繁盛していた(ように見えた)から(ショックを隠しきっていたがさらけ出してみた)。

 私の経験したこれらは家族との別れではない。
 さて、通常、家族との別れは「突然ではない別れ」が望ましいとされており、そしてたいていはそうなると信じられていることが多いように思われる。多くの日本人にとって「家族との別れ」は特別なことだと思われていると私は考える(なんだか回りくどい書き方になってしまった)。

 家族との別れという「特別なこと」を「突然ではない別れ方」にしたいと欲望する人は多い(と思う)。しかし残念ながら現実はそうならないこともある。本作におけるバス事故のように、または予期せぬ自然災害により、家族との別れが「突然の別れ」になってしまう可能性はゼロではない。

 そうなってしまったときに人間が陥りがちな思考として「あのときああしておけばよかった」というものがある。
 それは他人と共有しづらい種類のもので、自分の中に鬱積しやすい。普段からそういう心境にならないよう、心がけていればよいではないか、という意見もあるけれど、たぶん人間はそう割り切れるほど強くはない、と私は思う。「もしものとき」への備えは予想より被害が大きいものだと見積もっておいた方がいい。

 「もしものとき」が起き、心に「よくないもの」が溜まってしまったとき、人間はどうするべきか? 『永い言い訳』はそれに対してひとつの答えを提示している。
 妻のバス事故のあと、主人公は生まれて初めて子どもと交流することになる。子どもと新たな関係を築いてゆく。

 家族との「突然の別れ」を経験し、家族との関係性が破壊されたとき、まったく異なる「他人」と新たな関係を構築すること。それを通して、破壊された家族との関係性を再構築すること。「生きている者」と関係を作ることで関係の作り方を「リハビリ」し、「死んだ者」と新たな関係を創出すること。
 これから先「もしものとき」が私の身にふりかかったときに前向きに生きていけるよう、ここに大書しておく(あるいは未来の自分への「言い訳」)。

おわりに

KKc
お読みいただきありがとうございました。

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コメント

  1. けy より:

    死を目の当たりにした時ではなく、生の中で死を想うお話ですか。
    中原中也や宮沢賢治のような、身内の死に対しての心象を描いた詩が好きなので、この作品も気になりました。

    • KKc より:

      中原中也や宮沢賢治……比較対象のハードルがずいぶん高いですね。