東野圭吾『容疑者Xの献身』感想|容疑者だって涙を流す

※引用はすべて文春文庫による

東野圭吾『容疑者Xの献身』あらすじ

 天才数学者でありながら不遇な日々を送っていた高校教師の石神は、一人娘と暮らす隣人の靖子に密かな思いを寄せていた。

 彼女たちが前夫を殺害したことを知った彼は、二人を救うため完全犯罪を企てる。

 だが皮肉にも、石神のかつての親友である物理学者の湯川学が、その謎に挑むことになる。

 ガリレオシリーズ初の長篇、直木賞受賞作。
 (裏表紙)

 

 

 靖子は別れた元夫に迷惑していた。

 唐突に現れては金をせびるからだ。

 この日も靖子と娘・美里の住むアパートにやってきた。 衝動的に二人は元夫を殺してしまう。

 これからどうすべきか焦る二人。

 隣人・石神がドアホンを鳴らす。

 靖子ははぐらかして扉を閉める。

 石神が電話を鳴らす。

 「花岡さん」石神が呼びかけてきた。
 「女性だけで死体を始末するのは無理ですよ」
 靖子は声を失った。

なぜこの男は知っているのだ。
 (38頁)

 石神は少しドアを開けただけで靖子の殺人を推理した。

 靖子は石神の能力の高さに驚く。

恐ろしく冷静で頭のいい人なのだ、と思った。
そうでなければ、ドアの隙間からちらりと見ただけで、これだけの推理を組み立てられるはずがない。
 (42頁)

 靖子は事件隠蔽に協力するという石神の申し出を受け、彼の指示に従うことを決めた――。

 

 一方、捜査に当たった草薙刑事は、「ガリレオ」湯川の研究室を訪ねる。

 「容疑者の隣におまえの先輩が住んでるぞ」
 「先輩?」湯川は怪訝そうに首を傾げた。
 「高校の数学教師で、石神とかいった。帝都大の出身だといってたから、たぶん理学部だと思うんだけどな」
 「イシガミ……」呟くように繰り返した後、レンズの奥の目が大きくなった。
 「ダルマの石神か?」
 (94頁)

 石神は湯川の旧友だった。湯川は彼のアパートを訪れる。

 「石神だろ」 その声に石神は相手の顔を見上げた。
 その顔には笑みが浮かんでいた。しかもその笑みに見覚えがあった。
 石神は大きく息を吸い、目を見開いた。「湯川学か」
 二十年以上前の記憶が、みずみずしく蘇ってきた。
 (105頁)

 こうして再会を果たした彼らだが、 『容疑者Xの献身』では犯罪を隠そうとする石神と、 犯罪を暴こうとする湯川の対決がメインのストーリーになっている。

 

KKc
 ※以下の文章はネタバレを含むため、読んだ後に目を通すことをおすすめします。

 

東野圭吾『容疑者Xの献身』ネタバレ

 

 湯川は旧友・石神が靖子に好意を抱いていることを見抜く。

 それは彼女の勤める弁当屋に二人で弁当を買いに行くシーンのことだ。

一階のガラスドアに映った自分たちの姿を見て、石神は小さく首を振った。
 「それにしても湯川はいつまでも若々しいな。俺なんかとは大違いだ。髪もどっさりあるし」
 (123頁)

 

 ここで湯川は石神が事件に関与している可能性を考え始める。

 湯川の知る石神は「容姿など絶対に気にする男ではなかった」から。

 推理を進め、石神が靖子に協力していることを確信した湯川は、再度石神に会う。

 石神は湯川に犯罪がすべて見透かされたことを悟る。

もはやここまでか、と彼は思った。
あの物理学者は、すべてを見抜いている――。
 (301頁)

 

 石神は自首する。靖子をかばった自首を。

 靖子に「罪悪感を持ってはいけません。貴女が幸せにならなければ、私の行為はすべて無駄になるのですから」と手紙を残す。

 湯川はそんな石神の愛が靖子にすべて伝わっていないと感じ、彼女に石神がしたことを打ち明ける。

石神はあなたを守るため、もう一つ別の殺人を起こしたのです。
 (362頁)

 

 靖子は罪を償うことを決心し、警察に出頭する。

 その現場に遭遇した石神は、思い通りにいかなかったことで、無念の涙を流す。

「彼に触るなっ」

湯川が彼等の前に立ちはだかった。
「せめて、泣かせてやれ……」

湯川は石神の後ろから、彼の両肩に手を載せた。
 (394頁)

 

『容疑者Xの献身』感想

 事件が起こった直後だけでなく、物語が進んでいく中でも、石神は考えながら策を張り巡らせていた。

 それに対し、湯川も臨機応変に石神だけでなく彼の周囲から事件の真相を探っていく。

 そんな二人の「科学者」の対決が本作の見どころである。

 前2作とは違い、「ガリレオ」湯川はほとんど物理学実験をしないが、それは『容疑者Xの献身』が数学ミステリーであるからだろう。

 

 石神は、高校で数学教師をしている。

 彼の作る試験問題は、「幾何の問題に見せかけて、じつは関数の問題である」など盲点を突くものであるという。

 これは「前提が間違えているのなら、そこから導かれる結論も間違っている」という現象を導く。

 はじめ、草薙や湯川は事件を「3月10日に起きたなら……」とか「殺人は一件だけ……」とか「アリバイを崩せば……」に焦点を当てて解決しようとした。

 数学的には絶対に解答が得られないプロセスである。

 

 たとえば間違った前提「アインシュタインが日本語研究者なら……」で話を進めると絶対に「ノーベル物理学賞をとった」という結論は出てこない。

 数学というツールは”正しいこと”がすべて積み上げられた状態でないと正しい結論が導かれない。

 『容疑者Xの献身』は数学ミステリーだということを強調するために、物理実験は影を潜めている。

 

『容疑者Xの献身』名言

 「いつもと同じ光景だ」石神はいった。
 「この一か月間、何も変わっちゃいない。彼等は時計のように正確に生きている」
 「人間は時計から解放されるとかえってそうなる」
 「同感だ」
 (122頁)

 

 天才はそんなことはしない。
 極めて単純な、だけど常人には思いつかない、
 常人ならば絶対に選ばない方法を選ぶことで、問題を一気に複雑化させる。
 (295頁)

 

おわりに

KKc
お読みいただきありがとうございました。

 

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