湊かなえ『ユートピア』感想|善意の行き着く果ては

あらすじ

 三人の女性は海辺の町で出会い、ボランティア基金「クララの翼」を立ち上げた。
 「クララの翼」の広告塔となったのは、車椅子で生活する少女。
 活動はうまくいくかに思えたが、ある日「彼女は歩けるのではないか?」と疑惑の目が向けられ、歯車は狂いだしてゆく。
 すれ違いや軋み、歪む三人の関係……。
 <善意は悪意より恐ろしい>

感想

 本書のテーマは「善意は悪意より恐ろしい」です。

 

 湊かなえの得意分野というか、代名詞のようなものは、人間の心の醜さを描く「イヤミス」(読後感が嫌なものであるミステリー)だといわれています。
 そういう意味で『ユートピア』は彼女の小説の本流にあたる作品であるといえます。正統な最新作だと私は思います。

 

 初めて湊かなえ『ユートピア』というタイトルを見たとき、(皮肉的なタイトルでは?)と思いました。
 「Utopia」とは「理想郷」だとか「理想の場所」と訳されることばです。「イヤミスの女王」たる湊かなえが、牧歌的な、楽しげな意味でこのような題名をつけるわけがない……と私は思いました。

 

 案の定『ユートピア』でのユートピアはユートピアではありません。舞台である港町では5年前に殺人事件が起きており、今もなおその影を住人に落としています。
 (それ見たことか!)と私は思いました。物語が進むにつれて、順風満帆な日々は歪み、次第に「ユートピア」はそのメッキを剥がされていきます。

 

 湊かなえの卓越したところは、そのメッキの剥がし方に「善意」を選択した点にあります。
 登場人物たちは基本的に皆「善意」で動きます。しかしその「善意」ゆえの行動こそが、物語をして「ユートピア」を皮肉的な意味たらしめる原動力になります。

 

 著者は<「善意の行き着く果て」みたいなものを書いてみたかった>と『青春と読書 2015年12月号』で語っています。

 

 今まで自分は人の持つ悪意のようなものを突き詰めていったものが多かった。では、善意を突き詰めていったらどうなるだろう? その「善意の行き着く果て」にあるのは、ひょっとしたら「悪意の行き着く果て」よりも解決困難なことが待っているのではないか? と湊かなえは考えました。それが『ユートピア』執筆の起源的な力になったようです。

 

 たぶん、それぞれの「ユートピア」のような世界を実現したい、という気持ちは、悪意を持つ人も善意を持つ人もほとんど変わりはない。

 

 彼らを決定的に分けるのは、どこまで自分の行いに自覚的であるか、だと私は思います。
 その点に注目したからこそ、湊かなえは善意の行動の果ては「解決困難なこと」に収束するのかもしれないと直感したのだと私は考えます。

 

 自分がアクセルを踏んでいるのだという自覚があれば、カーブに合わせてブレーキを踏むことも考えられますけど、自分がアクセルに足をかけている自覚がなければ、カーブにさしかかっても曲がりきることができずに「ユートピア」への道を進むことになるかもしれません。

 

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KKc
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