『ぼくとニケ』読書感想文|ネコの吸引と牛丼の香り

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あらすじ

「ぼく」の家へいきなり子猫を幼なじみが連れてきた。

子猫のニケ。

ニケはとてもかわいい。

かわいいけれども様子が変だ。

病院に連れていくとニケは……

読書感想文(1200字、原稿用紙3枚)

KKc
「ネコの吸引と牛丼の香り」

 ネコの顔は、人間にとてもいい印象を与えるそうです。

 耳が三角形で口のあたりも三角形なところがその原因だったと思いますが、本当なのか?と思います。

 そういうむずかしいことを考えなくてもネコはかわいい。

 私はやりませんけど、ネコが大好きな人は大好きなあまり、ネコを「吸う」らしいです。

 自分の顔をネコ(のたぶん胴体)に押し付けて深呼吸。

 実際にやっているところを見たことはありませんが、ネコを飼っている何人かから「やってる」という話を聴いているので、けっこうネコ好きの間では常識の行動なのかもしれません。

 「食べちゃいたいくらいかわいい」「目に入れても痛くない」は日本語に登録された表現ですが、「好きすぎて吸う」は日本語に受け入れられるのに時間がかかりそうです。

 一見「ネコを吸う」は奇妙に見えるふるまいですが、もしかするとけっこう大切な行動なのかもしれません。

 私は何かを思い出すとき、その姿や音よりも、匂いで思い出すとよりはっきりと思い出すことができます。

 「牛丼の盛り付け」とよりも「牛丼の香り」のほうがよりリアルに私は牛丼をイメージできます。

 同じように「あのとき飼っていたネコの白い毛並み」よりも「あのとき飼っていたネコの吸った感じ」の方が、のちのちネコのことを覚えている手がかりとしては強いのではと思います。

 『ぼくとニケ』でニケは残念ながら命の終わりを迎えます。

 たとえ病気にならなかったとしてもネコは人間よりも寿命が短く、多くの場合飼っているネコは私たちより先に旅立ちます。

 私たちにできるのは彼らの生きていたときを覚えていることだけです。

 ペットを飼うということはペットの記憶をずっと覚えていることとほとんど同じです。

 ペットを飼うということは彼らの生きた跡に対して責任があるということです。

 「ボールで遊んでいたのがかわいかったね」だけじゃなく「吸ったときとても幸せだったね」など、できるだけたくさんの記憶を抱えていかねばなりません。

 飼い主がネコを吸うのは、単にそれが「気持ちいいから」じゃなくて「別れた後に思い出すため」も含まれているのかもしれないと今気づきました。

 日本ではある薬物を吸うと捕まってしまいますが、ネコを吸うことは永遠に合法のままであってほしいと強く願います。

(949字、原稿用紙2枚と16行)

おわりに

KKc
お読みいただきありがとうございました。

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