※引用はすべて太宰治『ヴィヨンの妻』青空文庫による
目次
あらすじ
大谷の家へ「どろぼう」と言いながら小料理屋の夫婦が押しかける。
彼らから、妻は夫のしたことを知る。
妻は小料理屋で働き始める。
妻は最後に「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ」と言った。
タイトルの意味
夫はその雑誌に「フランソワ・ヴィヨン」という題の長い論文を発表している様子でした。
主人公の女性の夫は詩人であり、彼のペン・ネームが「フランソワ・ヴィヨン」であることからきていると考えられます。
名言・心を惹かれた表現
けれどもその夜はどういうわけか、いやに優しく、坊やの熱はどうだ、など珍らしくたずねて下さって、私はうれしいよりも、何だかおそろしい予感で、脊筋が寒くなりました。
私には奇妙にあの晩の、大谷さんのへんに静かで上品な素振りが忘れられません。魔物がひとの家にはじめて現われる時には、あんなひっそりした、ういういしいみたいな姿をしているものなのでしょうか。
冒頭の場面。これからなにか大事件が起こるような雰囲気でわくわくしました。予感は見事に外れましたが。
「僕はね、キザのようですけど、死にたくて、仕様が無いんです。生れた時から、死ぬ事ばかり考えていたんだ。皆のためにも、死んだほうがいいんです。それはもう、たしかなんだ。それでいて、なかなか死ねない。へんな、こわい神様みたいなものが、僕の死ぬのを引きとめるのです」
読みながら(この夫、キザだなぁ)と思っていたところに「キザ」という単語が出てきてびっくりしました。とても。
やあ、また僕の悪口を書いている。エピキュリアンのにせ貴族だってさ。こいつは、当っていない。神におびえるエピキュリアン、とでも言ったらよいのに。
エピキュリアンとは、その場限りの快楽を求め、それを楽しんで生きる人のこと。
夫はそんな生き方に少し後ろめたさを感じているのですね。
読書感想文
200字
料理屋の亭主が事情を語るところで、太宰治の真骨頂が発揮されると思いました。
私は、太宰の小説のキャラクターが独りで延々としゃべっているシーンが好きです。
他の作家がそういう場面を書くと(長いなぁ)とか(くどいなぁ)とか、うんざりしてしまうことが多いのですけど、太宰の小説は不思議とそう感じません。
『駆け込み訴え』なんかそれがフルに発揮された小説だと思います。あとは『トカトントン』とかも。
(199字)
原稿用紙3枚(1200字,60行)
『ヴィヨンの妻』を読んで私は、とても明るい話だなと思いました。
大谷は「どろぼう」をし、ジャックナイフまで持ち出し、これは緊迫した話になるのかな?と思ったところで妻が止めに入ります。そして小料理屋の亭主による「これまでのあらすじ」が語られます。妻は不倫をされていることを知ったのにあまり取り乱さず、それどころか話の途中で笑い出してしまいます。
<思わず、私は、噴き出しました。理由のわからない可笑しさが、ひょいとこみ上げて来たのです。あわてて口をおさえて、おかみさんのほうを見ると、おかみさんも妙に笑ってうつむきました。それから、ご亭主も、仕方無さそうに苦笑いして、 「いや、まったく、笑い事では無いんだが、あまり呆れて、笑いたくもなります。じっさい、あれほどの腕前を、他のまともな方面に用いたら、大臣にでも、博士にでも、なんにでもなれますよ。私ども夫婦ばかりでなく、あの人に見込まれて、すってんてんになってこの寒空に泣いている人間が他にもまだまだある様子だ。>
大谷は、どこか憎めないところがある人物なのかなと思いました。悪いことをして笑われる人って、そうそういないと思いますけど。
この後妻は小料理屋で働くことになりますが、「名馬も、雌は半値だそうです」と冗談をとばしたり、クリスマスには「飲みましょうよ、ね、飲みましょう。クリスマスですもの」と明るく振舞っています。
ラストシーンはちょっと明るくない話題になりますが、太宰はそこからさらに物語を続けることはせず、すぱっと筆を置きました。
<「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ」>
すばらしい幕切れだと思います。この最後のセリフが意味するところは人によって解釈が違うと思いますが、私は素直に「夫への助言」と理解しました。夫・大谷は新聞を読み、そこに自分の悪口が書いてあるのを発見します。
<やあ、また僕の悪口を書いている。エピキュリアンのにせ貴族だってさ。>
批判されるということは、ある程度認めてもらっているということの証拠です。ほんとうにダメだと思われていたら、全くなにも言ってもらえないですから。「洟もひっかけない」ということわざもあります。だから妻は「気にせず生きていきましょう」という意味を込めて最後のセリフを言ったのだと思いました。
読書感想文も書きさえすればいいのだと私は思います。たとえ99%が取るに足らないものだったとしても、最低でも1%はなにか光るものがあり、そしてそれはきっと誰かに届くだろうと思って私は書いています。
(60行,原稿用紙3枚ぴったり)
おわりに
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