※引用はすべて森鴎外『山椒大夫・高瀬舟』新潮文庫による
目次
あらすじ
自害に失敗した弟を殺した兄は「島流し」の罪人となった。
京都の高瀬川を上下する小舟「高瀬舟」で繰り広げられる同心と兄の会話。
兄はなぜ弟を殺したのか?
登場人物
喜助
弟を殺した罪人。
護送中にもかかわらず上機嫌であるので、庄兵衛は不思議に思う。
庄兵衛
喜助を高瀬舟に乗せる同心。
注意深く喜助を観察する。
自分と喜助がぜんぜん違う人間だと気づく。
主題
『高瀬舟』には2つの主題がある。
小説の前半では「満足すること」が提示されており、後半では「安楽死は許されるかどうか」が提示されている。
【読書感想文】原稿用紙5枚(2000字,100行)
同心の羽田庄兵衛は喜助の様子がおかしい、と感じます。
喜助は島流しにあった罪人のくせに、態度に暗いところがなく、どこか上機嫌だからです。もし同心である庄兵衛がいなかったら、鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気だぞ、と思っています。
庄兵衛はその謎を解明するため、喜助に問いかけます。
<「喜助。お前何を思っているのか」「はい」>(229頁)
<喜助はにっこり笑った。>(230頁)
私はこの喜助の様子をなんだか気持ち悪いな、と思いました。ふつう護送中だったら、「にっこり」笑うことはできそうにないと考えたからです。いやなところへ連れて行かれるときに、どんな心境だったら「にっこり」笑うことができるのか、やはり喜助はどこかおかしいところのある人間なのではないか、だって弟を殺したという話だし……という感想を抱きながら読み進めていきました。
それから喜助が語るところによると、彼は生まれてからずっと、貧しい暮らしを続けてきたそうです。給料をもらったとしても、それをすぐ生きていくための支払いにあてなければならない生活をしてきたので、罪人になったいま、無料でごはんを食べられ、わずかながらのこづかいのようなものも得られ、それに喜びを感じているのです、と庄兵衛に話しています。それを受けて庄兵衛は胸を突かれます。
<庄兵衞は只漠然と、人の一生というような事を思って見た。人は身に病があると、この病がなかったらと思う。その日その日の食がないと、食って行かれたらと思う。万一の時に備える蓄がないと、少しでも蓄があったらと思う。蓄があっても、又その蓄がもっと多かったらと思う。かくの如くに先から先へと考て見れば、人はどこまで往って踏み止まることが出来るものやら分からない。それを今目の前で踏み止まって見せてくれるのがこの喜助だと、庄兵衞は気が附いた。>(234頁)
このときから庄兵衛の喜助に対する態度は劇的な変化を遂げます。それまでは「喜助」と呼び捨てにしていたのが、「喜助さん」と呼びかけるようになります。
この「満足すること」に関するエピソードがあったからこそ、庄兵衛はその後の喜助の「安楽死」に関する話を真面目に聴くことができたと思います。
えてして人は、「何を言ったか」という話の内容よりも「誰が言ったか」という語り手の印象に振り回されます。だから『高瀬舟』における「安楽死」の話を喜助と庄兵衛が真剣に展開するためには、この「満足すること」の挿話は必要不可欠なのだと私は思います。
さて後半の「安楽死」の話です。
喜助は弟を殺しましたが、それは兄弟のいがみあいではなく、むしろ弟のためにやったことだと彼は主張します。
喜助の弟は病のため働けず、兄に全面的に世話になっていました。弟はその状況に耐えられずに、兄の留守に自殺を計りました。しかし独りの力では死ぬことができず、兄が現場に現れたときに「手をかしてくれ」と頼み、喜助は承知したのでした。
<庄兵衛はその場の様子を目のあたり見るような思いをして聞いていたが、これが果たして弟殺しと云うものだろうか、人殺しと云うものだろうかと云う疑が、話を半分聞いた時から起って来て、聞いてしまっても、その疑を解くことが出来なかった。>(238頁)
喜助が語り終えると、二人は沈黙してしまいました。庄兵衛は上に引用したようなことを考えていましたが、喜助がなにを考えていたのかは、明らかにされていません。
「弟殺し」の話をするまえに「にっこり」笑っていたことから推測すると、喜助はすでに心の中で、殺人に対する気持ちの整理がついていたと考えられます。
おそらく喜助がどのようにそれを解釈したのかですら、庄兵衛が「お前何を思っているのか」と訊ねれば教えてくれたと私は思いますが、その後庄兵衛がその言葉を言ったかどうかは小説中では明らかにされていません。
幕が降りてもなお、朧夜の高瀬川の水面のように、『高瀬舟』は私たちの心に何か黒いものを漂わせているような気がしてなりません。
(94行,原稿用紙4枚と14行)
おわりに
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