※引用はすべて三浦しをん『風が強く吹いている』新潮文庫による
目次
あらすじ
「走るの好きか?」
清瀬灰二(きよせはいじ)に問われた蔵原走(くらはらかける)はアパート・竹青荘に連れて行かれる。
そこで出会った8人を加え、寛政大学陸上競技部は箱根駅伝を目指すことになった。
登場人物
- 「王子」――「夜遊びも無駄遣いもせず、金と時間のすべてを漫画に捧げている」(123頁)男。
- 「ムサ」――ムサ・カマラ。黒人留学生。自分を鍛えるために電気をつけずに入浴する。
- 「ジョータ」――城太郎(じょうたろう)双子の兄。
- 「ジョージ」――城次郎(じょうじろう)双子の弟。
- 「神童(しんどう)」――杉山高志(すぎやまたかし)。「神童」と山奥の故郷で呼ばれていた。
- 「ユキ」――岩倉雪彦(いわくらゆきひこ)。司法試験に合格済み。
- 「ニコチャン先輩」――平田彰宏(ひらたあきひろ)。寛政大学5年目。ヘビースモーカー
- 「キング」――坂口洋平。クイズ王。就活中(仮)。
- 「走(かける)」――蔵原走(くらはらかける)。麻雀で金を使い果たし、野宿をしていた。
- 「ハイジ」――清瀬灰二(きよせはいじ)。初登場は銭湯の場面。竹青荘の家事をこなす。
- 「ニラ」――竹青荘の大家が飼っている犬。名前の由来は「極楽」を意味する「ニライカナイ」。
- 「田崎源一郎(たざきげんいちろう)」――竹青荘の大家、かつ寛政大学陸上競技部の監督。
- 「勝田葉菜子(かつたはなこ)」――八百屋「勝」の娘。「逆さにしたら菜っぱじゃないか」(245頁)。
名言
「走るの好きか?」
(16頁)
「フツーに歩いたんじゃ、この床板は抜けるんだ。これからは細心の注意を払って歩け。いいな?」
(33頁)
「俺はここに住んで四年目だが、住人が十人……いまのはシャレじゃないぞ」
(58頁)
「そこで、強権を発動する。きみたちに拒否権はない」
(95頁)
「俺は知りたいんだ。走るってどういうことなのか」
(104頁)
俺が考えていたより、世界はずっと複雑なものだったんだ。でも、俺を混乱させるような、いやな感じの複雑さじゃない。
(115頁)
「いいか、過去や評判が走るんじゃない。いまのきみ自身が走るんだ。惑わされるな。振り向くな。もっと強くなれ」
(169頁)
「長距離選手に対する、一番の褒め言葉がなにかわかるか」
「速い、ですか?」
「いいや。『強い』だよ」
(207頁)
双子は、ふた山百五十円のタマネギじゃねえんだよ。
(253頁)
鬼だよ、あんた。だから運動部は嫌いなんだ。
(320頁)
でも、ちがうんだ。俺が、俺たちが行きたいのは、箱根じゃない。
(469頁)
「その二秒は、俺にとっては一時間ぐらいある」
(539頁)
俺はなあ、ハイジ。これが夢であってほしいと思うんだ。
(575頁)
走りとは力だ。スピードではなく、一人のままでだれかとつながれる強さだ。
(599頁)
「新しいテレビを買ったから、母さんと見る」
(631頁)
「頂点が見えたかい?」
(652頁)
あんなに潔く残酷でうつしい嘘を、ほかに知らない。
(656頁)
【読書感想文】原稿用紙3枚(1200字,60行)
私は『風が強く吹いている』を読んで「強い」長距離ランナーとはどんな人のことだろう、と思いました。
「長距離選手に対する、一番の褒め言葉がなにかわかるか」
「速い、ですか?」
「いいや。『強い』だよ」
清瀬は走とこんなやり取りをしたあと、「強い選手」のふるまいについて説明します。
「いろんな要素を、冷静に分析し、苦しい局面でも粘っても体をまえに運び続ける」ことが「強さ」だと彼は語りました。
この清瀬のお話を、私も竹青荘の住人と同じように(なるほどな)と思って読んでいたのですが、じっと聴いている走に清瀬は「あせらなくていい」というようなあまり直接的でないアドバイスをします。その場では結局「どうすれば強くなれるか」は教えてくれないのです。
私はなんだかもやもやしながら読み進めていきました。そして、箱根駅伝当日の章「九 彼方へ」まできたとき、「強くなるためにはどうすればいいか」がわかりました。
箱根駅伝で住人たちは自分自身が持っている力をぞんぶんに出し切ります。最下位ながらもタスキをつないだり、風邪を引きながらも走りきったり、区間賞にせまる記録をマークしたりします。
彼らは「強い」です。ではその強さはどこから来たのかというと、たぶん「待っていてくれる人」がいるからだと私は思いました。
「待っている人」のために走る者は「強い」です。清瀬の言う「長距離選手の選手の強さ」というもののは、駅伝のような、誰かが待っていてくれるようなレースで手に入れるものだと思いました。
一区から九区までの選手が目指すところには、次の区間の選手が、タスキを渡されるのを待っています。しかもその「待っている人」は、まさにこの自分だけを待っている。代わりはいません。
この状況こそが、長距離ランナーを「強く」するのだと私は思いました。
ちなみにこの考え方をすると、箱根駅伝でいちばん「強い」選手が見られるのは「花の二区」でも「山上りの五区」でもなく、最終区間の十区になります。
そのゴールには次の走者はいません。しかし、一区から九区までの選手、監督、サポートスタッフがいます。「待っている人」の数は最多です。「待っている人」がいちばん多いランナーなのですから、いちばん「強い」選手になるのは必然です。
私たちはもしかしたら、選手たちが「強くなっている」まさにその瞬間を見たくて、毎年お正月に箱根駅伝を観るのかもしれません。
(56行,原稿用紙2枚と16行)
【おまけ】よくあるまちがい
- 『強く風が吹いている』
- 『強い風が吹いている』
- 『風邪が強く吹いている』
- 『風は強く吹いている』
おわりに
過去に書いた「読書感想文」はこちらから。
記事に対する感想・要望等ありましたら、コメント欄かTwitterまで。