目次
あらすじ
主人公は、福島県立阿田工業高等学校、建築科デザイン専攻2年、辻本穣。
水泳部をやめ、彼が次に入ったのは「フラダンス同好会」だった。
次々現れる個性的な人物。黒髪の乙女や帰国子女のクラスメイト、おっさん顔等々……。
フラダンスの果てに彼らを待ち受けるものとは。
<どんなに頑張ったって、他人の気持ちはやっぱりわからない。何も話さないのにわかってもらおうとするのもただの甘えだ。>
※『フラダン』は映画『フラガール』の原作ではありません。
【読書感想文】原稿用紙5枚(2000字,100行)
最初見たとき、映画『フラガール』の原作かと思いました。「フラダンス」の略で『フラダン』だと思ったからです。正しくは「フラダンス男子」の略で『フラダン』です。映画『フラガール』の原作だと考えることは、とんだ的外れだったわけです。
読んでしまえば、「ガール」ではなく「ボーイ」にスポットライトが当てられていることはすぐわかります。
『フラダン』は東日本大震災から5年後の福島を舞台にした小説です。福島で被災した高校生たちが中心となり、物語は進んでいきます。
男子生徒が9割を占める福島県立阿田工業高校。小説のみならず現実でも、工業高校は女子が少なくほぼ男子校といった雰囲気です。私は立ち入ったことはありませんが、女子の団結力が強そうだなと思います。あとは、なにかとにぎやかで楽しそうだなと思っています。
『フラダン』は工業高校特有の楽しげな雰囲気はありますが、天災直後の世界を描いているので、その底に悲しみだとか傷跡のようなものが見え隠れしているような感じを受けました。
たとえば、彼らはフラダンス部の部員同士は「アーヌエヌエ・オハナ(=家族のような深いつながりの仲間)」だと宣言していますが、それぞれの心には、どうしても他人が触れるにはデリケートすぎる部分が存在しています。
シチュエーションが震災5年後の福島ということから、「どこに住んでいる(住んでいた)」や「家族構成はどうなのか(存命か)」といった、平穏な生活では何の変哲もない質問も、発するには相当の覚悟と気遣いが必要になります。それぞれがそれぞれにそれぞれの複雑な事情を抱えていて、そしてそのことを各人が自分自身でなんとか折り合いをつけて暮らしています。
いつ、どんなきっかけで、押さえつけていたものがあふれだし、さらなる災いをもたらすのか、誰にもわかりません。『フラダン』は笑いがひとつのテーマだと聞きましたが、その裏側には、そうでもしないと全体が暗く重い雰囲気になってしまうという事情があったのかもしれないと私は思いました。
世界は広く、悲しみと理不尽でできています。自然災害によるものでなく、人間によっても、理不尽を感じることがあります。
フラダンスを踊る側、披露する側が「フラダンスを観てもらうことで、みんなに元気になってほしい」と考えながら発表をしても、本当にそう感じるかどうかは、受け手によって違います。
「ありがとう」「楽しかった」「元気をもらった」という感想を抱く人もいれば、「偽善だ」「自己満足だ」という嫌悪感をあらわにする人もいます。作中では「被災者がフラダンスを観て喜ぶ姿を見て、被災していない人が安心したいだけだろう」という、意見がありました。複雑な人だと思いました。
でも、そういう考えは理不尽に思えるかもしれませんが、世の中にはそういう風に考えてしまう方も一定数いるのだということを頭の片隅に置いて生きることは、わりと大切だと私は思います。世界は意外と多様です。
震災被害者はメソメソしていると「被害にあったからって、偉そうに」と思われるような雰囲気があったと、作中では描かれています。
現代日本では「被害者であること」によって、しばしばいやなことがらを免除されることがありますから、「偉そうに」と思ってしまう人の気持ちもなんとなくわかるような気がします。たとえば、登場人物のうち松下は、「被災しなかったこと」を負い目に感じており、「自分はこれくらいかわいそうだ」と堂々と言えるようなことを探しているように見えます。
「弱者(である私たち)が正しく、強者(であるあいつらは)は間違っている」は、ロック音楽や宗教などでよく見られる言説ですが、その考え方に浸ってしまうと、真に理想とすべき「正しく強い人」にはなれないという落とし穴があります。
「弱い=正義、強い=悪」の公式を熱心に信じている人は、たとえ自分が弱者から抜け出すことに成功したとしても、己に染みついたその「呪い」から逃れることができず、「悪いやつ」になり下がってしまい、かつての自分の姿であった「弱い人たち」をいじめ倒すことになります。
そうではなく、強く、正しく生きること。
悲しみと理不尽でできた世界で強く正しく生きるのはかなりの困難を伴いますが、私はそういうふうに生きたいと思っています。
(1770字,原稿用紙4枚と17行)
おわりに
過去に書いた「読書感想文」はこちらから。
記事に対する感想・要望等ありましたら、コメント欄かTwitterまで。
読書感想文の書き方についての本を出版しました。おすすめです。