深緑野分『戦場のコックたち』感想|ライフルと食料

あらすじ

 第二次世界大戦下の世界。主人公はアメリカ軍のコックとして戦場に赴く。
 暴力と戦い、食欲と料理、ミステリーと謎解き。
 戦争という「非日常」での生活は、青年をどう変えるのか?
人生の楽しみは何かと問われたら、僕は迷わず「食べることだ」と答えるだろう

感想

 食べることは「日常」である。私たち人間は、何かを食べることなしでは生きられない。
 戦うことは「非日常」である。私たち人間は、戦わずに生きられるほど賢くはないけれど、戦い抜いて絶滅するほど(まだ)愚かではない。

 

 『戦場のコックたち』は「食べること」という「日常」と「戦うこと」という「非日常」をつなぐ役割である「コック兵」にスポットライトを当てた作品である。
 主人公・ティムは軍隊に志願するが、自らが戦うことに向いていないことを悟る。そんなとき目に飛び込んできたのは「コック兵募集」のビラだった。ビラにもすがる思いで彼は転身する。

 

 「コック」ではなく「コック兵」。非常時には自らも戦わなければならない役割を持つ。それがレストランで働く人々と違う点である。「料理を作る」という「日常」と「戦争をする」という「非日常」の境にあってどちらもこなさねばならないのが「コック兵」である。彼らはしばしば「後方支援」と分類されるが、「後方」が戦場にならないという保障はない。地球上において、戦争が起きる可能性がゼロである場所はどこにもない。戦う覚悟を備えた料理人である。

 

 さて、視点を変えてみると、コック兵が主に駐在する「キッチン」(=後方)も、ある意味では「戦場」である。そこで扱われるのは「食べ物」という「人間の生存に直結するもの」である。生命が左右されるという点では、ライフルと食料に大きな差はない。

 

 食中毒や食料の欠乏、栄養バランスに配慮しながらコック兵たちは料理をしなければならない。限定的なリソースで「戦う」ことが要求されるキッチンはまさに「戦場」である。そこではいつ・何が・どのように必要になるかを高度に判断し続けねばならない。それらの営みを注意深く眺め(観察し)、昇華させると、私たちが「日常」を生きることに関する重要な知見を引き出すことができるはずだ。

 

 小説を読むことにあまり「有益さ」を期待したくはないけれど、『戦場のコックたち』を精読すれば、さまざまな「学び」を得ることができるだろう(どんなものでもそうか)。

 

おわりに

KKc
お読みいただきありがとうございました。

 

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