※引用はすべて双葉文庫による
目次
あらすじ
父親が被害者で、母親が加害者――。
高級住宅地に住むエリート一家で起きたセンセーショナルな事件。
遺されたこどもたちは、どのように生きていくのか。
その家族と、向かいに住む家族の視点から、事件の動機と真相が明らかになる。
(裏表紙)
幸せを絵に描いたような高橋家で殺人事件が起こった。
妻・淳子が夫・弘幸を殴って殺してしまったのだ。
妻は捕まり、息子・慎司は事件後行方不明。
事件のあった夜に、遠藤家の母親・真弓は慎司に一万円を貸していた。
彼女の娘・彩花はそれが逃走資金になったのでは、となじる。
小島さと子は、息子・マーくんに事件の詳細を電話をする。
高橋家、遠藤家、小島家。
三つの家族の視点から『夜行観覧車』は語られる。
家庭内殺人と失踪、受験失敗と孤立、癇癪と誤解、妬みとプライド。
解説の奥寺佐渡子が「一筋縄ではいかない」(376頁)と記したストーリー。
観覧車が回るように物語は進む。果たして「終点」はどこか?
感想
遠藤家は、父親も母親も建築関係の仕事をしていて、そこで出会い結婚した。
母親・真弓は家に対する執着が強く、今の家は念願のマイホームだった。
しかしそこで平穏に暮らしたいと考えながらも、癇癪を起こす娘・彩花と「事なかれ主義者」の夫・啓介のおかげで平穏に暮らせないと考えている。
娘・彩花は中学受験に失敗したコンプレックスを抱えて生きている。それは母親がひばりヶ丘という「お嬢様」の住む場所に引っ越すのだから、と無理に押付けた結果だった。
夫・啓介はそんな家庭の状況を「時間が解決してくれる」と漠然と考えている。と同時にそれではいけない、とも考えている。
わが家はどうなるのだろう。
逃げて、明日帰って、真弓と彩花に軽蔑され、またいつもの生活に戻る。
それしか、選択肢はないのだろうか。
(311頁)
『夜行観覧車』から得られる教訓は、家は建てることがいちばん重要ではないということだ。
いちばん大事なのは、そこに住む家族が、どのように暮らしているか。
高橋家は、家庭内殺人によって危機に立たされた。
遠藤家は、コンプレックスによって荒れている。
小島家は、離れて暮らす家族と心まで離れている。
『夜行観覧車』を読むことで私たちは、現実に直面する家族の問題をさまざまな視点で考えることができる。
そういう意味でこの小説は、家を建てる前に読むべき小説だと思う。
読むことで、自分はどんな家庭を築きたいかを見つめなおすヒントになるだろう。
タイトルの意味
作中では、さ来年に近くに観覧車ができることが記されているが、観覧車についての情報はほぼそれだけである。
観覧車に乗ることで事件が解決するわけでもないし、観覧車が重要なキーワードになっているわけでもない。
小島さと子がこんな風に語っている。
長年暮らしてみたところでも、
一周まわって降りたときには、
同じ景色が少し変わって見えるんじゃないかしら。
(372頁)
これから読み取るに『夜行観覧車』とは夜の間の出来事によって、家族の絆が再確認されることを表したタイトルなのではないかと私は思う。
高橋家の殺人事件によって、三つの家族はそれぞれ、明日からの生活にのぞむ覚悟ができた。
じっさい物語の最初と最後では、登場人物の関係が微妙に変わっている。
再度読む際には、その点に着目して読むのもいいかもしれない。
名言
坂の上に住んでいて苦痛を感じるのは、
下らなければならない者なのだ。
(139頁)
唯一、自分からやってみたいと思ったものだった。
それを辞めるということは、
意思を持たない人間になるのと同じだ。
(268頁)
今度は自分が加害者やその身内になる可能性があることを、なぜ考えられないのだろう。
(357頁)
でも、今日の、この最悪な状態で、ここに三人揃っているってことは、この先もどうにかやっていけるってことじゃないのか。
(359頁)
おわりに
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