芥川龍之介『女神』読書感想文|立川は英語で?

目次

あらすじ

 旧友・細田氏と再会した「私」。

 細田氏は満州で苦労し、でたらめな考え方をするようになっていた。

 「私」は「女神」のところに彼を送り届ける。

 「女神」とはふつうの奥さんであった。

 「私」は「わからない」と感じて家へ帰った。

 

 

【読書感想文】原稿用紙5枚(2000字,100行)

 

KKc
「戦争は身体だけでなく精神も傷つける」

 

 私は『女神』で笑ってしまいました。
 大真面目に「女神」のことを話す細田氏に「私」がツッコミをいれていくところがおかしかったのです。

 

 「やっぱり、血をわけた兄弟だけあって、わかりが早いですね。接吻しましょう」と細田氏が笑ったところに「いや、その必要は無いでしょう」ときっぱり断るところ。

 

 「スタンデングリバー。いくつの英字から成り立っているか、指を折って勘定してごらんなさい。そうれ、十二でしょう? 十二です」しかし、私の勘定では、十三であった。というところも。実際に数えてみて「十三だ」と笑ってしまいました。
 『女神』はユーモアを含んだ小説だと思いました。

 

 また話は変わりますが、『女神』をはじめに読んだとき、疑問がわきました。
 「れいの、璽光尊とかいうひとの騒ぎの、すこし前に、あれとやや似た事件が、私の身辺に於いても起った。」
 『女神』はこの一文で始まります。

 

 「れいの、璽光尊とかいうひとの騒ぎ」は『女神』が発表された時代ではみんな知っていた事件だったのでしょうか。私は聞いたことがありません。

 

 インターネットで調べたところによると、どうやら戦後すぐのころ、石川県で璽光尊という人が宗教団体をつくったようです。
 横綱を引退していた双葉山など、有名人もけっこう参加していた教団みたいです。
 璽光尊はのちに逮捕されて精神鑑定を受けるのですが、そのときに「誇大妄想性痴呆症」と診断されています。

 

 「誇大妄想性痴呆症」。
 なにか大きなことを妄想して、それを信じきっている状態の病気でしょうか。

 

 きっと『女神』の冒頭に「璽光尊とかいうひとの騒ぎ」と書いた太宰治は、物語に登場する細田氏も同じように「誇大妄想」を信じ込んでいた、と主張したかったのでしょう。私はそう思います。

 

 細田氏がその誇大妄想の中でなにを主張したかったかというと、大まかにいって二つです。
 「インフレーションで日本が危ない」と「これからは女の時代だ」です。私はこれが『女神』を読み解くヒントになると直感しました。

 

 インフレーションとは物価すなわち物の値段が上がり続けることです。戦時下で物が少なくなっていたので、物の値段が上がるのはある意味自然なことです。
 これは私の予想ですが、細田氏はそれがとても嫌だったのだと思います。そしてそれが永遠に続くかのように錯覚しまったのです。

 

 そして「このままインフレーションが続くようではいけない。自分が何とかしなければいけない」と思い込むようになったのだと思います。

 

 細田氏が「これからは女の時代だ」と主張するのも戦争のせいだと思います。
 兵隊として集められるのは男からです。一般的に身体が大きいし力も強いからです。
 そんな状況では戦地ではない場所ではとうぜん男の数が減ります。相対的に女の数が多くなります。

 

 自分のまわりにどんどん女性が増え、それに比べて男は減るばかり。そんな光景を目の当たりにしていたら、細田氏が「これからは女の時代だ」と考えはじめるのも不思議ではありません。

 

 また細田氏が「今日は昭和十二年十二月十二日だ。いい日だ」と発言する場面があります。

 

 昭和十二年は日中戦争が起こった年です。そう聞くと、なんだか遠い日のことに思えます。しかし昭和十二年はトヨタ自動車工業株式会社が設立された年でもあります。こう聞くとそんなに昔ではないような気にもなります。

 

 戦争が起こると、武器によって身体が傷つけられるだけでなく、細田氏のように精神も傷つけられます。
 細田氏は「女神」を自分で創りだし癒しを得ましたが、周りからみるとそれはかなり危険なことに思えます。

 

 太宰治もきっとそれが言いたくてこの小説を書いたのだと思います。

 (89行,原稿用紙4枚と9行)