※引用はすべて細田守『バケモノの子』角川文庫による
目次
あらすじ
母親が亡くなり、父親とも離れ離れになった蓮は、夜の渋谷から「渋天街」とよばれるバケモノの街へ迷い込む。
そこで熊徹の弟子となり「九太」の名前をもらい、強くなるために修行していく。
そして8年が過ぎた……。
登場人物
・九太(きゅうた)
本名:蓮。主人公。
・チコ
九太(蓮)が拾ったふわふわした白く長い毛の動物。
「キュウ」と鳴く。
九太の母親が転生したもの。
・熊徹(くまてつ)
ツキノワグマのバケモノ。
次の宗師候補のひとり。猪王山と争う。
連を強引に弟子にし「九太」と名づける。
猪王山との試合に勝ち宗師となるが、付喪神に転生し、九太の胸の剣となる。
・多々良(たたら)
『バケモノの子』の語り手。サル顔。
熊徹の小屋によく顔を出す。皮肉屋。
・百秋坊(ひゃくしゅうぼう)
『バケモノの子』の語り手。僧侶姿のバケモノ。ツユ茶が好き。
熊徹の小屋によく顔を出す。優しいが怒ると怖い。
・猪王山(いおうぜん)
イノシシ顔のバケモノ。
次の宗師候補のひとり。熊徹と争う。
一郎彦と二郎丸の父。
騒動の後、一郎彦を責任もって育てなおすことを誓う。
・一郎彦(いちろうひこ)
猪王山の息子。二郎丸の兄。色白で落ち着いている。
実は人間。
闇に飲み込まれてしまい、鯨に変身して渋谷を破壊する。
・二郎丸(じろうまる)
猪王山の息子。一郎彦の弟。太っている。
九太にケンカで負けたあと、親友になる。
・卯月(うづき)
宗師と呼ばれるバケモノ社会のトップ。真っ白いウサギのような外見をしている。
神様に転生予定。どんな神様になるのか9年間考えたすえ「決断力の神」になることを決めた。
騒動のさいに「神様になる権利」を熊徹に奪われ、宗師を続けることになった。
・楓(かえで)
女子高生。図書館でカフカの全集を読んでいるときに、九太と出会う。
九太に勉強を教えたり、彼と共に一郎彦と戦ったりする。
・強面の三人組
賭け事が好き。
・渋天街(じゅうてんがい)
『バケモノの子』の舞台。およそ10万3千のバケモノが棲みつく。
東京の渋谷に出入り口がある。
路地にある鉢植えや花束が鍵の役割をしている。
・賢人の言葉
<生きておる智慧が、文字などという死物で書き留められるわけはない。絵にならまだしも画けようが>(8頁)
バケモノの世界では「文字」を軽んじる習慣があることを表した言葉。
中島敦『悟浄出世』からの引用。
【関連リンク】「中島敦『悟浄出世』―「我とは何か」をめぐる旅」
・メルヴィル『白鯨』
九太が楓に図書館でこの本の「鯨(くじら)」の読み方を訊ねたのが、二人の出会いのきっかけである。
また一郎彦はこの本を見て鯨に変身することを思いついた。
ネタバレ
17歳になった九太は人間界の図書館で楓と出会い、バケモノの世界と人間の世界を行き来するようになる。
楓と勉強するうち、九太は大学に行きたいと思うようになる。
受験のために書類を集めているとき、生き別れていた父親の住所を知る。
九太は父親と再会し、熊徹の元を去るかどうか悩む。
そんな中、卯月が宗師を引退する日程が決まった。熊徹と猪王山が戦い、どちらが新しい宗師になるかを決める日である。
熊徹は敗れそうになるが、九太の声で復活し、勝利した。
その結果を認めたがらない一郎彦が、念動力で大太刀を熊徹の背中に刺してしまった。一郎彦は実は人間で、闇に飲み込まれていたのである。
それを見た九太もまた憎しみに支配されるところであったが、チコの行動と、楓からもらった赤いしおりに気づくことで我に返る。
一郎彦は姿を消した。猪王山が、彼は血のつながった息子ではなく、人間界で拾ってきた男の子だと語る。
九太は一郎彦と決着をつけるために旅立った。そのさい『白鯨』を預かってもらうため、楓に会うが、そこを一郎彦が襲ってきた。
鯨に変身し渋谷を破壊する一郎彦。人間界の混乱はバケモノ界にも影響を与える。
宗師となった熊徹は卯月から「神様になる権利」を奪い、付喪神に転生し、大太刀に姿を変えた。九太はそれを胸におさめ、一郎彦を斬る。
無事に騒動をおさめた九太は、人間の世界へ還っていった。
読書感想文
・原稿用紙4枚(1600字,80行)以内
「誰も彼も持論を打つばかりで、言うことが皆違う」
「強さっていろんな意味があるんだな。どの賢者の話も面白い」
これは九太が熊徹に連れられて、各地の宗師の話を聞いたあとの感想です。
いろんな意味の「強さ」があるということは、なりたい「強さ」を見つけることが強くなるための第一歩です。
「『強さの意味は自分で見つけろ』ってこと?」と九太はそのことを理解します。私は、そのとき九太がなりたいと思った「強さ」とは熊徹や猪王山のような「強さ」であると思いました。
『バケモノの子』で熊徹と猪王山は二度戦います。
一度目は九太を弟子にするとき、二度目は宗師を決める試合のときです。
一度目の戦いで熊徹は猪王山を追い詰めます。猪王山が力の限界を感じ、負けを意識して目を閉じたとき、「がんばって猪王山!」という少女の声がします。それをきっかけに猪王山は力を回復し、熊徹を押し返します。
「誰も……誰も……あいつを応援してない……」
九太は熊徹の敗北を予感します。
それは猪王山の「強さ」にとっては応援、つまり誰かの声がその源であり、また戦うための理由であるからだと私は思いました。だから、たったひとりでも自分のために声を上げてくれる人がいることで息を吹き返した猪王山が熊徹を圧倒したことは、自然なことだと思いました。
猪王山の逆転によって勝ち目がほとんど無くなっても、熊徹は太刀をふるいます。その姿はとても無残なものでしたが、彼にも応援してくれる人がいないわけではありませんでした。九太です。九太は「負けるな!」とただひとり応援の声を上げます。
私はこの試合を見て発見したのですが、熊徹は負けていません。
猪王山がとどめを放ち熊徹が宙を舞ったあと、地面に身体がぶつかって「勝負あり」になるまさにその直前、卯月が現われました。そして卯月は「そこまで」と勝負をおあずけにしました。
熊徹は応援されることで最後に踏みとどまり、完全に敗北することを避けられたのです。
「あんた、強いな」「何を見てたんだおめえは」
一戦目の後に九太が言っていた「強さ」というのは表面上の勝ち負けのことではなく、もっと深いところでの熊徹の「強さ」でした。応援される強さ、頼られることの強さ、あるいは誰かのための強さのことです。
私は『バケモノの子』の世界ではそれがいちばんの「強さ」だと思いました。
二度目の戦い、新しい宗師を決める試合でも熊徹は、九太が応援しているとわかった瞬間、失っていた意識を取り戻します。まさに応援されることによる「強さ」です。
クライマックスで九太は一郎彦と戦うことになるのですが、九太が勝ち一郎彦が負けることになった理由も、ここにあるような気がします。
九太の側には楓も、熊徹も、チコもいました。一郎彦の側には誰もいませんでした。
胸の黒い穴は一人ではふさげません。そして、穴が開いたままでは強くなることなど、たぶん不可能です。その胸に誰の声も響かせることができないからです。
(74行,原稿用紙3枚と14行)
名言
「あいつは、このバケモノたちの中で、ひとりぼっちなんだ……」
(65頁)
「まずはだな、剣をグーッと持つだろ?」
「うん」
「そんでビュッといって」
「いって」
「バーン」
「……」
(81頁)
あるだろ、胸ん中の剣が!
(84頁)
「あなどるな。幻は時として真実よりもまことなり」
(101頁)
おまえは今から十七太だ
(137頁)
この小説と現代とはどのように結びつき、現在の私たちに何を照らし返しているのか?
(154頁)
「つまり、鯨は自身を映す鏡で」
(156頁)
「知らないこと、もっとたくさん知りたくない?」
(160頁)
「ありがとう、叱ってくれて。おかげで背筋がしゃんと伸びた」
(229頁)
「忘れないで。私たち、いつだって、たったひとりで戦っているわけじゃないんだよ」
(245頁)
「オレは半端者のバカヤロウだが、それでもあいつの役に立ってやるんだ。あいつの胸の足りねえものをオレが埋めてやるんだ……。それが……、それが半端者のオレにできるたったひとつのことなんだよ!」
(250頁)
「私たちが負けるわけないんだから!」
(256頁)
「俺と一緒に、消えてなくなれ!」
(257頁)
「ただ一点を見極めろ! そこを迷わず狙い撃て!」
(263頁)
まったく人間とは、不思議な生き物だな、おい。
てめえの目で見たまんまのことを、まるで信じようとしねえんだからさ……
(271頁)
おわりに
過去に書いた「読書感想文」はこちらから。
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