橋本紡『流れ星が消えないうちに』800字書評

トラウマが抉った穴を満たすのは

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橋本紡『流れ星が消えないうちに』の800字書評です。

 

 『流れ星が消えないうちに』の「彼女」は「彼」を交通事故で亡くします。唐突に。やがて「彼女」は「彼」の「親友」と交際することになります。それは、三点のうちひとつが欠けた三角関係。

 

 亡くなった「彼」に縛られているのは、「彼女」だけではありません。「彼女」と付き合っている「親友」もまた、「彼」に縛られたままです。ふたりが寄り添うのは、互いを癒すため。「彼の死」というトラウマに対抗する手段がそれだったのだと思います。

 

 「トラウマ」とは「それについてうまく語ることができない経験」のことです。トラウマについて語ることができたなら、それはもはやトラウマではありません。「彼」の死について「彼女」も「親友」もはじめは語ろうとはしません。それがあることに恣意的に触れようとはしないところが「彼の死」が二人のトラウマたる所以です。

 

 トラウマは「忘れる」ことでなく「乗り越える」ことで克服すべきことがらだと私は思います。トラウマを直視し、そしてその後涙を流しながら、痛みに耐えながらでも生きていく覚悟ができたとき、私たちは一歩を踏み出すことができる。

 

 もしかしたら生きるということは、トラウマ(喪失)の穴をひとつずつ把握していく作業なのかもしれません。それは立ち止まっていては見つけることができず、自分の脚で、手で、眼で、耳で……全身を使って探しに行かなければ見つけることができません。

 

 困難な道程によって明らかにされた(トラウマが抉った)胸の穴には、次第に、ゆっくりと、溢れるほどの愛が満ちてゆくのだと、私は強く思います。
 そしてそれはまるで『流れ星が消えないうちに』を読み終えた後のように。

(696字)

 

作品情報

著者:橋本紡
情報:2015年11月21日に映画が公開

 

おわりに/h2>

KKc
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