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夢にも思わない場所へ
ジェニファーに「携帯電話を持たずに日本へ行け」と言われたラリー。
というふうに書くとなんだか秘密諜報員の小説みたいに思われますけど、『わが心のジェニファー』は広告文句によると「情愛と感動の浅田文学、最高到達点!」のようです。ほっこりあり、涙ありの物語だと保証されているということですね。
ラリーはニューヨーク育ち。日本を一人旅することになります。母国とは違う文化にとまどいます。浅田次郎はアメリカ人青年を通して日本の姿を素直に描きたかったのでしょう。
私たちは自分が思う以上に自身が置かれている環境を客観視できません。日本人の眼では日本を素直に見つめることができません。
「外国人青年が主人公の小説を書く(読む)」という行為は「素直に」日本を見つめる有効な手段です。それほど目新しいものではありません。創作の世界ではしばしば異邦人がその特徴を抉り出しています。
『テルマエ・ロマエ』では、古代ローマの青年がマッサージチェアに衝撃を受けます。「無数の拳で殴られているのか?」と。
素直な視線で物事を見る、という観点では『ゼロからトースターを作ってみた結果』も興味深い本です。著者はトースターを鉱石採掘レベルから作ることで、現代消費社会を冷静に見つめるきっかけを得ます。
このように書評を書くということも、物事を素直に見直すきっかけです。
書評を書くということは、あらすじを適度に交えつつ読み味を損なうような致命的なネタバレを巧妙に避けつつ、それでいてそれ自体を読むことが楽しいと感じられるような文章を書くことです。そしてそれは、時として読者を思わぬ場所に連れて行くような文章です。
旅をすることと何かを書くことは似ていると思います。
出発地点から想像もしなかった場所にたどりつくことがある。まさか『わが心のジェニファー』の書評をこうやって締めるとは、夢にも思いませんでした。
(797字)
作品情報
著者:浅田次郎