桜木紫乃『霧 ウラル』あらすじと感想|霧が蔵している「歌枕」

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あらすじ

 男の屍を越え生きてゆく三姉妹。
 根室は、国境の町。そこで生まれた三人の娘。
 長女は政界入りを目指す運輸会社の御曹司に嫁ぎ、次女はヤクザの姐となり、三女は金貸しの次男を養子にして実家を継ぐ予定。
 血を分けた姉妹による闘争と確執と嫉妬。

感想

 北海道の最東端の地・根室。『霧 ウラル』の舞台は北方領土に密接したところである。北方領土は日本とロシアにとって深い霧のような場所だ。いつ晴れるか誰にもわからない。著者・桜木紫乃が「霧」と名づけた本作の舞台とするには、うってつけのロケーションだと私は思う。

 宣伝によると『霧 ウラル』は<桜木版『ゴッドファーザー』であり、桜木版『極道の妻たち』であり、桜木版『宋家の三姉妹』!>とのこと。

 このように宣言されているということは、『霧 ウラル』はそれらの先行作品を「歌枕」にして書かれたものであると表明されていることと同じことである。

 三作品を読ま(観)なければ、『霧 ウラル』のほんとうの魅力を味わうことができない、と解釈することもできる。でもおそらくこの宣伝文句は「三作品が好きな人は、きっと楽しめますよ」という意図の下で作られたものであろうから、(読む前に観なきゃ)と不安になる必要はまったくないと思う。たぶん。

 ある古典作品を「歌枕」として創作をしたと宣言することは、デメリットよりもメリットの方が大きい。完成した作品自体に触れる前に「あれとあれを踏まえて創られたんだよね」という情報を得ることは、往々にしてその作品に対する好印象をもたらす。

 小説の話に限って言えば、たとえばタイトルに「ホームズ」を入れるだけで評価が変わるはずである。登場人物の一人が「きみは、アフガニスタン帰りだね?」などというセリフを使っただけで好感を得られる可能性がある(たとえがわからない人は、ごめんなさい)。歌枕的創作はこのようなメリットを持っている。

 私の予想では著者は『霧 ウラル』が名作を下敷きにしていることを本心では隠しておきたかったはずである。そのような「仕掛け」は「わかる人にはわかる」ということにしておいたほうが、わかった読者に大きな喜びを与えることができる。そしてそのように感じた人は、長くファンであり続けてくれる。

 たぶん著者は『ゴッドファーザー』『極道の妻たち』『宋家の三姉妹』を「歌枕」にしていると何かのはずみで編集者にもらしてしまったのかもしれない。
 霧のようにぼやかしておいたほうがよかったのに、と私は思う。もやもや。

おわりに

KKc
お読みいただきありがとうございました。

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