石原慎太郎『天才』あらすじと感想|「天才」の及ぶ範囲と効果時間

スポンサーリンク

あらすじ

 稀有な人間交際の「天才」と豪快な金権体質の「天才」をひっさげて首相になった男「田中角栄」。
 表紙の写真の通り、田中はハサミでヒゲを整えていたのか?
 「反田中」をはっきりと表明していた著者・石原慎太郎が「田中角栄」の一人称で書くノンフィクション・ノベル。

感想

 <自己の研究は自己以外に誰もしてくれる者はない。いくら仕てやりたくても、貰いたくても、出来ない相談である。それだから古来の豪傑はみんな自力で豪傑になった。人の御蔭で自己が分る位なら、自分の代理に牛肉を喰わして、堅いか柔かいか判断の出来る訳だ。
 (夏目漱石『吾輩は猫である』新潮文庫,355頁)

 出版元である幻冬舎が付けた帯にはこう書いてあった。
 <石原慎太郎が田中角栄に成り代わって書いた衝撃の霊言!
 いちばん最後の「霊言」のところにびっくりした。「田中角栄」のそばに小さい文字で「の背後霊」とか「の守護霊」とかが書いてあるのではないかとマジマジ見てしまった(なかった)。目にした者に(おっ?)と思わせるという点で、このキャッチコピーはその用をなしている。内容とそんなに乖離してもいないし。守護霊シリーズの本を出している人だって、資料を元にそれらを執筆しているのであって、石原慎太郎と本質的にはそう変わらないと思う。

 閑話休題。
 広辞苑第五版で「天才」を引いてみた。
 <天性の才能。生まれつき備わったすぐれた才能。そういう才能をもっている人
 本書で「天才」と称されているのは、ほぼ間違いなく田中角栄である(万が一として、石原慎太郎という可能性もあるが)。彼は「人を動かすことの天才」であったとされている。人心掌握。話によると、感性で人を動かしたようだ(感性で動かしたあとは慣性でも動くから最初が大変なのだな)。

 田中角栄は「地方出身・学歴ほぼなし」の状況から総理大臣にまで昇りつめた。それはひとえに人間交際が上手かったからに違いない、誰かを自分のために動かすことに長けていたからであろう、ということが読みとれた。
 存命中は豪快に見せる人柄や強烈なカリスマ性、少しの汚い手と義理人情、こまやかな気づかいで、田中は人を動かした。そして没後は、議員立法の数字の多さや内閣支持率の高さ、そして子孫の活躍などによって、田中は人を動かしている。

 「天才」は生前はもちろん、死んだ後もその効果がすぐに失せるわけではない。
 今もなお人々が彼について語ることをやめないのは、彼と生前交流があった人が単に昔を懐かしがっているのではなく、田中の「人を動かす才能」が死後も効果を発揮し続けているからであると思う。
 それが及ぶ範囲は「反田中」であった石原慎太郎も例外ではなかった。だから石原は『天才』を書いたと推測する。
 田中の「天才」が数年後もなお影響を残しているか、数年後の文庫化が楽しみである。

おわりに

KKc
お読みいただきありがとうございました。

おすすめ小説リスト」はこちらから。

記事に対する感想・要望等ありましたら、コメント欄かTwitterまで。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク