「生れ変わり」を信じていますか?―道尾秀介『向日葵の咲かない夏』

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※引用はすべて新潮文庫による

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『向日葵の咲かない夏』あらすじ

 夏休みを迎える終業式の日。
 先生に頼まれ、欠席した級友の家を訪れた。
 きい、きい。
 妙な音が聞こえる。
 S君は首を吊って死んでいた。
 だがその衝撃もつかの間、彼の死体は忽然と消えてしまう。
 一週間後、S君はあるものに姿を変えて現れた。
 「僕は殺されたんだ」と訴えながら。
 僕は妹のミカと、彼の無念を晴らすため、事件を追いはじめた。
 あなたの目の前に広がる、もう一つの夏休み。
 (裏表紙)

 学校を休んだS君の家に主人公・ミチオはプリントを届けに行った。
 庭から覗くと、S君は首を吊っていた。
 ミチオは学校に知らせに戻るが、その後刑事も教師もS君の死体がなかったと言う。
 S君の死体は消えてしまった。
 ミチオは死体を持ち去った犯人を捜すことに決めた。

 また彼の住む町では、犬猫を殺して足を折り、口にセッケンを詰め込むという事件が多発していた。
 ミチオとその妹のミカはS君の「生まれ変わり」と名乗る蜘蛛と一緒に、真相を追う。

『向日葵の咲かない夏』感想

 この小説はタイトルの通り、向日葵が咲かない。それが物語の核になっている。
 「向日葵」がはじめて登場するのは154頁。
 S君が死ぬ直前に、自分の家の庭にあった向日葵を見たと語るシーンだ。

 「あのときね――最期に、向日葵が見えたんだ」
 懐かしむように、S君は語りだした。
 (154頁)

 キーワードとなる「向日葵」だが、この時点ではほとんど何の意味も持たない。

 それがクライマックスに到るまでに、揺るぎのない存在へと変わっていく。
 もしそこに向日葵が無かったのなら――。
 物語の舞台、N町の夏休みは、違ったものになっていたかもしれない。

KKc
 ※以下はネタバレを含むので、読み終えた後に目を通すことを強くおすすめします。

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『向日葵の咲かない夏』ネタバレ

 Q.「妹」・ミカの秘密とは?

 A.彼女がトカゲであること

 ミチオとトカゲは会話をするが、母と父はそれを無視している。
 一方母親は人形に服を着せてそれを「ミカちゃん」と呼ぶ。
 父親は終始それに触れない。

 本当の妹・ミカは生まれる前に死んでいた。
 母が妊娠中に階段から落ちたためだった。その原因はミチオにあった。

 彼は母へを驚かせようと「火事だ」と叫ぶ。
 それに動転して母は転落してしまったのだ。
 ミチオはショックを受け、トカゲをミカの「生まれ変わり」と思い込み飼いはじめる。

 Q.S君は自殺か、他殺か?

 A.自殺

 S君は自分で首を吊ったが、それはミチオに「死んでくれない」と言われたからだった。

 ――僕に死んで欲しいの?――
 (437頁)

 その言葉にミチオはうなずき返した。
 そしてS君は首を吊った。

 ミチオは罪悪感を紛らすために、蜘蛛を「S君の生まれ変わり」だと思い込み、飼った。
 そののちミチオは泰造じいさんや両親を殺した際にも「生まれ変わり」だと言って、虫を瓶で飼っていた。
 「生まれ変わり」とはミチオの作り出した幻想だったのだ。

 Q.なぜ犬猫を殺した犯人は足を折った上にセッケンを口に詰めたのか?

 A。足を折ったのは自身の快楽のため。セッケンを詰めたのは運ばれないようにするため。

 事件の犯人は二人いた。S君と泰造じいさんだ。
 S君が殺し、その死体の足を泰造じいさんが折る。

 S君は飼い犬・ダイキチを訓練し、死体を自宅へ運んでくるよう訓練していた。
 殺したあと死体をそこへ残し、のちにダイキチが運んできたのを隠す計画だった。

 ところが泰造じいさんが足の骨を折ることに快楽を覚えることを知ったS君は、じいさんに死体を「プレゼント」することを思いつく。
 S君は殺害現場を地図に印をつけてじいさんに渡していた。
 その際ダイキチが死体を持ってきてしまわないように、ダイキチが嫌う「セッケン」を口に詰めていたというのが真相だ。

 Q.『向日葵の咲かない夏』タイトルの意味は?

 A.S君の庭の向日葵は、セッケンに触れていた部分の花が咲かなかった。

 そのセッケンはダイキチに死体を運ばれないようにするため、S君みずから咥えていたもの。
 彼が首を吊った際に口からこぼれたのだった。

 S君は泰造じいさんに自分の死体を「プレゼント」して「足を折る」というじいさんの快楽をみたしてやろうと考えて、そうした。
 主人公・ミチオは向日葵の所のセッケンを発見して「真相」に到る。

『向日葵の咲かない夏』名言

 『ああ、希望。わたしはこれを食べるのが大好きなんだ』
 (80頁)

 何かをずっと憶えておくというのは大変なことだ。
 しかし、何かをわざと忘れることに比べると、
 大したことはない。
 (93頁)

 恐怖が本物なら、理屈なんて、
 この場で出てくるわけがないものね
 (386頁)

 誰だって、自分の物語の中にいるじゃないか。
 自分だけの物語の中に。
 その物語はいつだって、何かを隠そうとしてるし、
 何かを忘れようとしてるじゃないか
 (443頁)

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