世界を書き残せ―中島敦『李陵』【読書感想文】あらすじ付

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※引用はすべてちくま文庫『中島敦全集3』による

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中島敦『李陵』あらすじ

 前漢の武将・李陵は匈奴に敗戦し、捕らえられ、その地で暮らした。

 前漢国内で李陵の「裏切り」を弁護した司馬遷は宮刑を受けた。

 李陵が匈奴の土地で再会した旧友・蘇武は、祖国に対する義が認められて帰国した。

印象に残ったところや表現

雷の如き鼾声を立てて熟睡した。
(62頁)

陵一個のことは暫く惜け。
(68頁)

 私はこの二つを読んで、李陵の武将としてのたくましさを感じました。
 62頁の場面は敵が夜明けとともに攻めてくるのを察知し、部下に配置を指示をしてからの李陵です。事前に対策をしっかり打ったうえで適切な行動をとること。寝れるときにしっかり寝ておくこと。私はここに、李陵の武人としてのしっかりとした心得のようなものを感じました。

 68頁の場面は負けが濃厚になった際、部下が李陵の心配をしたときの言葉です。自分のことよりも率いている軍隊全体のことを考えている李陵の姿勢にぐっときました。

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【読書感想文】原稿用紙3枚(1200字,60行)

KKc
「李陵より司馬遷が心に残る」

 私が心を惹かれたのは、司馬遷が父から継いだ歴史書『史記』を書いている場面です。
 「これでいいのか? と司馬遷は疑う。こんな熱に浮かされた様な書きっぷりでいいものだろうか?」(78頁)

 自分はきちんと「述ベル」ことをしているだろうか。「作ル」ことをしていないだろうか。彼は自身に問いかけます。

 歴史を「正確に」書き残すことが自分の仕事だと司馬遷は思っています。だから彼は自分のオリジナルの文章がそこに混じらないように細心の注意を払っていました。それが「作ル」をとても警戒する彼の姿勢です。

 できるだけ想像力を排除した文章で「述ベル」だけに留まること。司馬遷はそれを目指しました。

 ですがそう思ったところで「作った」と思われる部分を消していくと、もはや項羽は項羽らしさを失い、秦の始皇帝や楚の荘王など他の登場人物と変わらない人間になってしまう。

 そんなわけで司馬遷は削ったところを再び戻し、もう一度読み返し、「ああこれだ」と落ち着きます。私が感心したのは彼のこの態度です。結果的には「自分のやっていることは正しいのだ」と自信を持つのですが、その気持ちに至るまでさんざん悩んでいます。自問自答を繰り返し、字句を削ったり足したり。司馬遷はそういう回り道をして、試行錯誤をして、いちばんいいものだ、と胸を張って言えるような仕事をしている。その私はすごいなあと思ったのです。

 そんなふうに『史記』を書くことにプライドを持っていたからこそ、宮刑を受けた後でもそれを完遂しようという意志を持ち続けられたのでしょう。

 司馬遷は狂ってしまいそうになりながらも、死への誘惑を断ち切ります。それを可能にしたのは、彼が父から手渡された使命でした。

 「一個の丈夫(一人前の男子)たる大司令司馬遷は天漢三年の春に死んだ、そして、その後に、彼の書残した史をつづける者は、知覚も意識もない一つの書写機械に過ぎぬ」(85頁)

 司馬遷には『史記』を完成させなければいけないという強い思いがありました。そのためには、どんなに辛くても生き延びなければいけません。そのために、彼は自分の身を「亡きもの」と思い込む必要があったのです。

 「生きるか死ぬか」よりも「書くこと」を優先。私は司馬遷の執念に圧倒されました。人間は「使命」を強く自覚することで、こんなにも強くなれるのか、と衝撃を受けました。

 だから、私が『李陵』を読んで印象に残った人物は李陵ではなく、司馬遷です。これから『史記』に触れるときは、その裏側で苦悩した司馬遷にも思いをめぐらせて読もうと思いました。

 (58行,原稿用紙2枚と18行)

【読書感想文】原稿用紙5枚(2000字,100行)

KKc
「李陵より司馬遷が心に残る」

 『李陵』には李陵のほかにも二人、メインの人物が登場します。司馬遷と蘇武です。特に司馬遷は全三章のうち第二章がまるまる彼のために使われていて、小説のタイトルは「李陵と司馬遷」でもいいんじゃないかと読み終わった後私は思いました。

 ちくま文庫『中島敦全集3』の解説を眺めていると、こんな文章がありました。
 「作品『李陵』は作者の生前公表されていない。題名もつけられていない草稿しかなかった。それを友人たちが『李陵』という題をつけて公表した」(470頁)

 私はなるほどと思いました。
 「李陵」というタイトルは、中島敦自身がいろいろ悩んだ末につけたものではありません。友だちがつけたのであれば、こんなあっさりとした題名であることも納得しました。でも、私としては『李陵』のなかの司馬遷の存在はとても大きいので、やっぱり「李陵と司馬遷」のような題であればいいなあと思います。

 そういうわけで、この読書感想文も『李陵』のなかの司馬遷に関する部分を中心にして書こうと思います。

 まず心が惹かれたのは、司馬遷が父から継いだ歴史書『史記』を書いている場面です。
 中学三年生のときに国語で習った、項羽の最期のシーンです。項羽は「四面楚歌」になってしまった現在の状況を嘆いて詩を作り、部下とともに泣きます。そして彼は決死の覚悟で外へ飛び出し、討ち死にしました。

 と、いようなことを書いた後で司馬遷は「これでいいのか?」と疑問を持ちます。
 「これでいいのか? と司馬遷は疑う。こんな熱に浮かされた様な書きっぷりでいいものだろうか?」(78頁)

 自分はきちんと「述ベル」ことをしているだろうか。「作ル」ことをしていないだろうか。彼は自身に問いかけます。

 歴史を「正確に」書き残すことが自分の仕事だと司馬遷は思っています。だから彼は自分のオリジナルの文章がそこに混じらないように細心の注意を払っていました。それが「作ル」をとても警戒する彼の姿勢です。

 できるだけ想像力を排除した文章で「述ベル」だけに留まること。司馬遷はそれを目指しました。

 ですがそう思ったところで「作った」と思われる部分を消していくと、もはや項羽は項羽らしさを失い、秦の始皇帝や楚の荘王など他の登場人物と変わらない人間になってしまう。
 そんなわけで司馬遷は削ったところを再び戻し、もう一度読み返し、「ああこれだ」と落ち着きます。

 私が感心したのは彼のこの態度です。

 結果的には「自分のやっていることは正しいのだ」と自信を持つのですが、その気持ちに至るまでさんざん悩んでいます。自問自答を繰り返し、字句を削ったり足したり。

 司馬遷はそういう回り道をして、試行錯誤をして、いちばんいいものだ、と胸を張って言えるような仕事をしている。その私はすごいなあと思ったのです。

 そんなふうに『史記』を書くことにプライドを持っていたからこそ、宮刑を受けた後でもそれを完遂しようという意志を持ち続けられたのでしょう。

 宮刑は、当時男性として最も恥ずべき刑のうちのひとつだと、歴史の授業で先生から教わりました。
 司馬遷は狂ってしまいそうになりながらも、怒りに身を焦がすような思いを味わいながらも、死への誘惑を断ち切ります。

 それを可能にしたのは、彼が父から手渡された使命でした。司馬遷は次のように語ります。

 「一個の丈夫(一人前の男子)たる大司令司馬遷は天漢三年の春に死んだ、そして、その後に、彼の書残した史をつづける者は、知覚も意識もない一つの書写機械に過ぎぬ」(85頁)

 司馬遷には『史記』を完成させなければいけないという強い思いがありました。そのためには、どんなに辛くても生き延びなければいけません。そのために、彼は自分の身を「亡きもの」と思い込む必要があったのです。

 「生きるか死ぬか」よりも「書くこと」を優先。私は司馬遷の執念に圧倒されました。人間は「使命」を強く自覚することで、こんなにも強くなれるのか、と衝撃を受けました。

 だから、私が『李陵』を読んで印象に残った人物は李陵ではなく、司馬遷です。
 これから『史記』に触れるときは、その裏側で苦悩した司馬遷にも思いをめぐらせて読もうと思いました。

 (96行,原稿用紙4枚と16行)

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あんまり李陵はかっこよいと思わなかったかも。

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