『君たちはどう生きるか』感想|君は世界の中心ではない

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あらすじ・要約

主人公は中一の少年・コペル君。
友だちとの約束を守れなかったり後悔にくれたり。でも、彼は「生きること」に真剣に向き合います。
後ろ向きではなく前向きに生きる。

君たちは人としてどうあるべきなのか。
君たちにとって何が大切なのか。
君たちは、犯した間違いから何を学んで生きていくのか。
君たちは、この世界をどうとらえるのか。

著者の文章はわかりやすく、そばにいて語りかけてくれるような、心にしみわたる感じがします。
戦前に書かれたにも関わらず、今なお、色あせない良書であり、中高生にこそ読んでほしい一冊。

読書感想文

 吉野源三郎『君たちはどう生きるか』は思春期の人にこそ響く本だと聞いて読みましたが、その時期を逃した方が読んでも、じゅうぶんに有意義な本だと思います。

 本書には、「雪の日の出来事」や「石段の思い出」など、いくつかの印象的なエピソードがありますが、コペル君やお母さんのように、私たちにとっても(どうしてあんなことをしてしまったんだろう)とか(なんであのとき、もっとうまくできなかったのだろう)とか、思い返すたび後悔をせずにはいられないことはいくらでもあります。

 私たちは、過去にも未来にも生きられません。「いま」を生きなければなりません。

 時には、はじめてのことで、「どうふるまえばいいのか」がわからずに、不適切な行動をしてしまうこともあります。コペル君が友人との約束を破ってしまったときのように。

 人生における理想は「どうふるまえばいいかわからないときに最善の選択をすることができる」ですが、それを実践することはなかなか難しい。

 だから、次善の策として、私たちは正しくない(と思われるような)行動をしてしまったときは、物事をしっかり「後悔」し、先人が苦い肝をなめつづけた故事のように、決して忘れることなく次回に活かす行動をとるべきだと私は思います。

 私たちが生きる世界は物質的には一つですが、私たちがこの世界を「どうとらえるか」は生きる人間の数だけあります。たったひとつの真実を見抜いたとしても、それに対する各人の捉え方によって、世界は変わります。

 4つ入りのヤングドーナッツの袋に2つのヤングドーナッツが入っていたとして、それを「まだ2つもある」と考えるか「もう2つしかない」と考えるかは人によって違います。

 見方、考え方、さらにはそれらを総合した「生き方」の違う人が寄り集まって「世界」というものはかたちづくられています。

 そんな成り立ちの世界ですから、「中心」はどこにも存在しません。地球は23.4度傾いた地軸を中心に回っていますが、世界の中心は誰でもありません。

 『君たちはどう生きるか』を読んで得る最も大切な気づきのうちのひとつが、「世界は自分を中心には回っていない」です。

 子どもは独りでは、なかなかこのことに気づくことができません。なぜなら、気づいたときに起こる「では、自分はなぜ生きているのか」という問いに向き合うための勇気をもつことができないからです。

 本書は「世界は自分を中心には回っていない」事実を私たちの眼前にまっすぐに突きつけてきます。

 厳しい本であるといえばそれまでですが、でも、『君たちはどう生きるか』は私たちがひるまないよう、側に寄り添ってくれる優しさを持ち合わせてくれています。読めばわかります。

 世界は自分を、君たちを、私たちを中心には回っていないけれど、それでも自分にできる「最もよいこと」を積み重ねていく。それが生きるということである。 世界の中心になる野望がうごめいていた国でよくこんな文章が書けたな、と感心するばかりです。

(1233字,原稿用紙3枚と7行)

名言

<正しい理性の声に従って行動するだけの力が、もし僕たちにないのだったら、何で悔恨の苦しみなんか味わうことがあろう>

<世間には、悪い人ではないが、弱いばかりに、自分にも他人にも余計な不幸を招いている人が決して少なくない。人類の進歩と結びつかない英雄的精神も空しいが、英雄的な気魄を欠いた善良さも、同じように空しいことが多いのだ。君も、いまに、きっと思いあたることがあるだろう>

<過ちをつらく感じるということの中に、人間の立派さもあるんだ>

<お母さんは、あの石段のことでは、損をしていないと思うの。後悔はしたけれど、生きてゆく上で肝心なことを一つおぼえたんですもの>

<僕たちは自分で自分を決定する力を持っている。だから、誤りを犯すこともある。しかし、誤りから立ち直ることもできる>

<世間には、他人の目に立派に見えるように、見えるようにとふるまっている人がずいぶんある。そういう人は、自分が人の目にどううつるかということとをいちばん気にするようになって、本当の自分、ありのままの自分がどんなものかということを、つい、おるすにしてしまうものだ>

<苦しみを感じているのは君が正しい道に進もうとしているから。自分を責めてしまうのは正しい生き方を強く求めているから。人間ってもののあるべき姿を信じているから>

<自分が本当に感じたことや真実心を動かされたことから出発してその意味を考えていくことが肝心だ。常に自分の体験から出発して正直に考えて行け>

<何か心を打たれたことがあったら、それをよく思い返してみて、その意味を考えるようにしたまえ>

<人間としてこの世に生きていることがどれだけ意味のあることなのか、君が本当に人間らしく生きてみて、その間にしっくりと感じ取らなければならない>

<正しい道義に従って行動する能力を備えたものでなければ、自分の過ちを思って、つらい涙を流しはしない>

<悲しいことや辛いこと、苦しいことに出会うおかげで本来の人間がどういうものであるかを知る>

梨木香歩『僕は、そして僕たちはどう生きるか』

 梨木香歩が「君たちはどう生きるか」に影響を受けて書いた本。
 本書とリンクするように描かれており、合わせて読みたい。

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コメント

  1. 真実一路 より:

    私は78歳の老人です。小学4年生のころ当時担任だった先生からこの本を紹介され初めて読みました。新潮社から日本少国民文庫の第5巻として出されたものでした。10歳の少年にとっては難しいところもありましたが小学校高学年から中学校にかけて何回も読み返すうち何と素晴らしい本だと思うようになりました。どの章も大切なことが書かれていますが私は「雪の日の出来事」が最も感動的でこみあげてくるものを感じた覚えがあります。3年前私はこの本を当時4年生だった孫に贈りました。今この本は大ブームとなって世間を騒がせていますが私が約70年間心に温めてきた感動が老人の心にまた蘇ってきました。