中島敦『名人伝』【読書感想文】あらすじ付―能ある鷹は爪を忘れる

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※引用はすべてちくま文庫『中島敦全集3』による

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中島敦『名人伝』あらすじ

 紀昌は天下第一の弓の名人になるべく、飛衛のもとで修行をした。

 師から学ぶことは何もなくなったころ、紀昌は飛衛を殺そうとするが失敗する。

 飛衛は紀昌を危険視し、別の師のところへ行くよう言いつける。

 そこで紀昌は九年修行し帰ってくる。

 人々は彼の弓の腕前に期待するが、紀昌は二度と人前で弓を扱わなかった。

 紀昌の死後に残った話として、弓を見て「これは何だ?」と真剣に訊ねたということがある。

印象に残ったところや表現

或日ふと気が付くと、窓の虱が馬の様な大きさに見えていた。占めたと、紀昌は膝を打ち、表へ出る。彼は我が目を疑った。人は高塔であった。馬は山であった。豚は丘の如く、鷄は城楼と見える。
(115頁)

 紀昌が飛衛に弟子入りされたとき、最初に「まばたきをしない訓練をしろ」と言われます。
 それをクリアした次に出されたのが「視力を鍛えろ」です。
 その視力を鍛える修行が実を結んだ瞬間が、引用したところです。

 馬が山のように見えるなんて、これはきっと日常生活に支障があるんじゃないか、と私は思いました。
 まばたきしないことは、まばたきに使う筋肉を緩めれば目を閉じることはできるはずです。

 ですが視力は自分ではコントロールできない能力です。
 視力を落とすようなメガネ(そんなのがあるかはわかりませんが)があればなんとかなると思いますけど、紀昌の生きた古代中国にはないでしょう。
 そのへんの紀昌の日常描写がないのが残念でなりません。

【読書感想文】原稿用紙3枚(1200字,60行)

KKc
 「思い立ったらすぐ弟子入りを」

 紀昌は「天下第一の弓の名人になろう」と決心して飛衛に弟子入りします。

 弟子といえば中島敦は『弟子』という小説を書いていますが、その主人公はのちに師になる人物をばかにしてやろうと思って乗り込むので、この『名人伝』はそれとは真逆の弟子入りといえます。ちゃんと人物の良し悪しを判断した上でお願いしたのですから。

 さて、『弟子』と比べることで、私は紀昌は計画を立てて、それを実行するのが得意な人間だと思いました。『名人伝』の開始三行で紀昌は瞬く間に飛衛を訪ねています。驚くべき計画力と行動力です。

 その後飛衛はそんな彼の特性を見抜き、目標だけ与えてほうっておきます。「まばたきをしないことを訓練しろ」そして「視力を鍛えろ」とけっこういいかげんなことを言ってそれっきりです。紀昌は抽象的な指示を与えられても、自分自身で具体的な計画を立て、それを地道に進めていく力がある。飛衛は一目でそれを発見し、彼をそういうふうに導こうとしたのです。

 月日は進み、紀昌は飛衛からすべてを学びとります。
 次に飛衛は別の弓名人を彼に紹介します。師を殺めようとした後悔もあり、紀昌はその指示に素直に従います。老人の元でさらに九年修行しました。

 というわけで、合計で紀昌はたぶん十五年以上を弓の修行に費やしています。最終的に最強の「名人」になれた紀昌は、きっと才能があったに違いありません。それも相当な才能であったと予想されます。そんな紀昌ですらとてつもなく長い年月を、身を削るような思いをして過ごし、やっと名人になれたのです。私のような凡人は、同じかそれ以上に努力しなければなにも成し遂げられないだろうと思いました。

 自分に才能があるかないかは、たぶん短い期間では判断することは難しいと私は思います。だからなにかを始めるときは紀昌のように「まず行動してみること」が大切だと思いました。

 また紀昌はたぶん修行の途中で「だめだ。弓の才能がない」と感じたらすっぱり諦めるつもりだったと思います。でもそう感じなかったので名人になれました。ということは「だめだ」と思わなかったら努力を続けるのが正しいのです。そうすればきっとどこまでも上達は止まらないでしょう。

 だから私もこれからは、何かをやろうと思い立ったらまず始めてみて、それから自分に向いているかどうかを判断しようと思います。それが私が『名人伝』から得た教訓です。

 (54行,原稿用紙2枚と14行)

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【読書感想文】原稿用紙5枚(2000字,100行)

KKc
 「思い立ったらすぐ弟子入りを」

 『名人伝』は紀昌が名人になるまでの話です。

 でも、名人になってからの部分はごくわずかで、しかも弓の名人であるくせに弓を見て「これは何ですか」と訊ねるというよくわからないシーンのみ書かれています。
 私には最後のこの部分がいまいち飲み込めなかったので、それ以外のことを読書感想文に書こうと思います。

 紀昌は「天下第一の弓の名人になろう」と決心して飛衛に弟子入りします。

 弟子といえば中島敦は『弟子』という小説を書いていますが、その主人公はのちに師になる人物をばかにしてやろうと思って乗り込むので、この『名人伝』はそれとは真逆の弟子入りといえます。ちゃんと人物の良し悪しを判断した上でお願いしたのですから。

 さて、『弟子』と比べることで、私は紀昌は計画を立てて、それを実行するのが得意な人間だと思いました。
 彼は「弓で世界一になろう」と思ってまず何をするかと考えたときに、即座にもっとも師にふさわしい人を選んであっという間に門下に入るのです。
 『名人伝』の開始三行で紀昌は飛衛を訪ねています。驚くべき計画力と行動力です。

 その後飛衛はそんな彼の特性を見抜き、目標だけ与えてほうっておきます。「まばたきをしないことを訓練しろ」そして「視力を鍛えろ」とけっこういいかげんなことを言ってそれっきりです。

 「こんな師ってどうなんだろう」と私は思いましたが、よくよく考えてみるとそれは、飛衛なりの正しい弟子指導法だったのです。

 紀昌は抽象的な指示を与えられても、自分自身で具体的な計画を立て、それを地道に進めていく力がある。飛衛は一目でそれを発見し、彼をそういうふうに導こうとしたのです。

 だから紀昌が五年もかけてふたつの目標を達成したとき、きっと飛衛はかなりの喜びを感じたでしょう。自分の予想したとおりに事が運ぶことほどうれしいことはありません。

 月日は進み、紀昌は飛衛からすべてを学びとります。
 ここで事件が起こります。紀昌が「天下第一の名人となるためには、どうあっても飛衛を除かねばならぬ」と思い、師を殺そうとするのです。

 しかしそのたくらみは失敗し、紀昌を「危険な弟子」とみなした飛衛は別の弓名人を彼に紹介します。紀昌は師を殺めようとした後悔もありその指示に素直に従います。老人の元でさらに九年修行しました。

 というわけで、合計で紀昌はたぶん十五年以上を弓の修行に費やしています。十五年といったら赤ちゃんが高校受験をするような年月です。とても長い。

 最終的に最強の「名人」になれた紀昌は、きっと才能があったに違いありません。それも相当な才能であったと予想されます。

 そんな紀昌ですらとてつもなく長い年月を、身を削るような思いをして過ごし、やっと名人になれたのです。私のような凡人は、同じかそれ以上に努力しなければなにも成し遂げられないだろうと思いました。

 自分に才能があるかないかは、たぶん短い期間では判断することは難しいと私は思います。だからなにかを始めるときは紀昌のように「まず行動してみること」が大切だと思いました。

 また紀昌はたぶん修行の途中で「だめだ。弓の才能がない」と感じたらすっぱり諦めるつもりだったと思います。計画と実行が得意な人ですから、やめることもきっぱりするでしょう。

 でもそう感じなかったので名人になれました。ということは「だめだ」と思わなかったら努力を続けるのが正しいのです。そうすればきっとどこまでも上達は止まらないでしょう。

 だから私もこれからは、何かをやろうと思い立ったらまず始めてみて、それから自分に向いているかどうかを判断しようと思います。それが私が『名人伝』から得た教訓です。

 (84行,原稿用紙4枚と4行)

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師弟愛って素敵ですね。

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