太宰治『ダス・ゲマイネ』【読書感想文】あらすじ付―太宰が出る小説

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太宰治『ダス・ゲマイネ』あらすじ

 佐野次郎は馬場数馬と出会い、雑誌『海賊』をつくろうと持ちかけられる。

 その仲間として馬場は佐野に佐竹と太宰を紹介するが、雑誌の話は無かったことになる。

 馬場と飲んだあと佐野は電車に引かれて死ぬ。

 佐野は最後に「人は誰でもみんな死ぬさ」と言った。

タイトルの「ダス・ゲマイネ」の意味とは?

 「ダス・ゲマイネ」には二重の意味があって

 「Das Gemeine」というドイツ語で「通俗性」「卑俗性」を表すことば。

 津軽弁の「んだすけ、まいね(それだから、だめなんだ)」。

 太宰治は青森出身なので、どちらかというと後者のほうが意味合いとしては強いと思います。

 佐野次郎も最期に「~から駄目なんだ」と語っています。

【読書感想文】原稿用紙3枚(1200字,60行)

KKc
 「佐野次郎を殺したのは誰か?」

 『ダス・ゲマイネ』の主人公である佐野次郎は物語の最後で命を落とします。「頭がわるいから駄目なんだ。だらしがないから駄目なんだ」と彼は死ぬ間際に言います。
 私は、佐野次郎は「駄目だと思った」から死にましたが、馬場数馬は自分のことを「駄目だと思っていない」から生き残ったのだと思います。

 馬場は佐野と初めて会ったとき「僕はあしたあたり死ぬかもしれないからね」と言います。馬場はいつ人生が終わってもよいように生きているのです。だから音楽学校に8年もいるのでしょう。「あした死ぬなら勉強する意味なんてない」と思っているはずです。

 そのことは馬場が甘酒屋で愛用していた湯のみの文字「白馬驕不行」からも読みとれます。
 これは中国・唐代の詩人崔国輔の『長楽少年行』の中の一節です。この詩の白馬は、主人がムチを忘れたので進もうとしません。
 馬場は白馬の姿に自分を重ねて「白馬に対するムチのように、俺も何かがあればやれるんだ」という気持ちを持っていたに違いありません。だからこそ大金を払って湯のみを買ったのです。

 『ダス・ゲマイネ』における馬場の「何か」とは雑誌『海賊』の創刊でした。
 『海賊』の出版は太宰と馬場がケンカをしたことで流れますが、私は馬場がはじめからそうなるように願っていたのだと思います。なぜなら馬場は毎日遊び歩いている今の状況に満足しており「このままで良い」と考えているからです。

 「何か」をすることを無意識のうちに避ける。「何か」をしなくても生きていることは楽しい。だから画を描く佐竹や小説を書く太宰に対して、馬場は敵意をむき出しにしていたのだと思います。たぶん馬場が佐野と一緒にいたのは、佐野が「何もなかった」からです。

 でも最後に佐野は死にます。馬場と同じく「何もなかった」はずの佐野がどうして命を落としたのかというと「何かをした」からです。

 「走れ、電車。走れ、佐野次郎。走れ、電車。走れ、佐野次郎」とデタラメなメロディーで佐野は歌いました。「あ、これが私の創作だ」と佐野が気づいたとき、電車のライトは彼の眼前まで迫っていました。

 佐野を殺したのは馬場です。佐野が「創作をした」とき、「このままの自分では駄目なんだ」と思ったとき、「何かをした」とき、馬場と佐野はもう一緒にはいられない運命になったのです。
 そういう意味で『ダス・ゲマイネ』は馬場が佐野を殺す小説だと私は思いました。

 (58行,原稿用紙2枚と18行)

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【読書感想文】原稿用紙5枚(2000字,100行)

KKc
 「佐野次郎を殺したのは誰か?」

 『ダス・ゲマイネ』の主人公である佐野次郎は物語の最後で命を落とします。
 「頭がわるいから駄目なんだ。だらしがないから駄目なんだ」と彼は死ぬ間際に言います。

 私は夏目漱石の『こころ』が頭に浮かびました。
 『こころ』の登場人物である「K」は自分で自分のことを駄目だと思い込んで、自殺しました。佐野の最期にそっくりです。
 『ダス・ゲマイネ』は1935年発表、『こころ』は1914年発表ですから、太宰治が『こころ』を意識して『ダス・ゲマイネ』を書いたのだったとしても、おかしくはありません。

 私は、佐野次郎とKは「駄目だと思った」から死にましたが、対照的に馬場数馬は自分のことを「駄目だと思っていない」から生き残ったのだと思います。

 馬場は「僕は生まれたときから死ぬるきわまで狂言を続けるぜ。僕は幽霊だ」とか、「こうしてお互いに生きているというのは、なんだか、なつかしいことでもあるな」と語ります。さらに佐野と初めて会ったときも「僕はあしたあたり死ぬかもしれないからね」と言います。

 馬場はいつ人生が終わってもよいように生きているのです。
 だから毎日ぶらぶらしていて、音楽学校に8年もいるのでしょう。「あした死ぬなら勉強する意味なんてない」と思っているはずです。

 そのことは馬場が甘酒屋で愛用していた湯のみの文字「白馬驕不行」からも読みとれます。
 これは中国・唐代の詩人崔国輔の『長楽少年行』の中の一節です。この詩の白馬は、主人がムチを忘れたので進もうとしません。
 馬場は白馬の姿に自分を重ねて「白馬に対するムチのように、俺も何かがあればやれるんだ」という気持ちを持っていたに違いありません。だからこそ大金を払って湯のみを買ったのです。

 『ダス・ゲマイネ』における馬場の「何か」とは雑誌『海賊』の創刊でした。
 『海賊』の出版は太宰と馬場がケンカをしたことで流れますが、私は馬場がはじめからそうなるように願っていたのだと思います。なぜなら馬場は毎日遊び歩いている今の状況に満足しており「このままで良い」と考えているからです。

 「何か」をすることを無意識のうちに避ける。「何か」をしなくても生きていることは楽しい。だから画を描く佐竹や小説を書く太宰に対して、馬場は敵意をむき出しにしていたのだと思います。たぶん馬場が佐野と一緒にいたのは、佐野が「何もなかった」からです。

 でも最後に佐野は死にます。予兆は二人が飲んでいるときにありました。
 「ほんとうの愛情は死ぬまで黙っているものだ」という馬場のひと言は、その後に訪れる佐野の死を暗示しているように私には思われます。
 馬場と別れたあと佐野は電車にはねられます。馬場と同じく「何もなかった」はずの佐野がどうして命を落としたのかというと「何かをした」からです。

 「走れ、電車。走れ、佐野次郎。走れ、電車。走れ、佐野次郎」とデタラメなメロディーで佐野は歌いました。
 「あ、これが私の創作だ」と佐野が気づいたとき、電車のライトは彼の眼前まで迫っていました。

 佐野を殺したのは馬場です。馬場は「なにもしない。今のままが良い」という価値観の男です。佐野にもそのような人間であることを望んでいたと私は思います。だから佐野が「創作をした」とき、「このままの自分では駄目なんだ」と思ったとき、「何かをした」とき、馬場と佐野はもう一緒にはいられない運命になったのです。

 ゆえに佐野が小説の舞台から退場し、それと同時に『ダス・ゲマイネ』が終わりを迎えることは当然の結果でした。
 そういう意味で『ダス・ゲマイネ』は馬場が佐野を殺す小説だと私は思いました。

 (88行,原稿用紙4枚と8行)

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『ダス・ゲマイネ』ってなんか飲んでばっかりでしたね。

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