月を観て弁天が泣いたのはなぜ?|森見登美彦『有頂天家族』

スポンサーリンク

『有頂天家族』の弁天が泣いた理由は?

KKc
森見登美彦『有頂天家族』を読む。

 あんまり面白いものだから、読み終わったその日のうちにアニメ版も観てしまった。
 大変愉快な話である。

 『有頂天家族』は主人公・下鴨矢三郎とその家族がさまざまな出来事を通じて絆を深めるハートフルコメディです。

 こう書くとなんだかほのぼのしていて「ドラマ」がないんじゃないか。退屈な日常が続くだけで何が面白いのだ。とお思いになられるかもしれませんが、物語である以上「危機をもたらす人物」はちゃんと出てきますし「ドラマ」もあります。

 「弁天」と呼ばれる美女が「危機をもたらす人物」の役割を担っています。
 弁天はあるとき琵琶湖のほとりを歩いているところを「赤玉先生」に見初められ、京都に暮らしはじめます。

 彼女は先生の教えと持ち前の才能により「天狗」的素質を開花させ、京都界隈を文字通り自由に飛び回ります。主人公・矢三郎は彼女にさんざん振り回され、また時には助けられる。

 作中では「自由」かつ「怖いものなど何もない」ように振舞う弁天ですが、突然、第4章「金曜倶楽部」において涙を流します。
 偶然にもその場面を目撃してしまった矢三郎は「綺麗な月を見たせいかな」と涙の理由を推測します。
 それに対して隣にいた兄・矢二郎は「子どもというのは、わけもなく泣くものさ」と言い第4章は幕を閉じます。

 弁天側からは何の説明もない。
 この章のみならず、物語の最後まで、彼女がなぜ泣いたのかは明かされることはありません。

 弁天はなぜ泣いたのでしょうか。
 私たちは矢二郎の言葉を素直に受け取って「理由なんてないさ」と納得することができます。

 でも、私はそれではなんだかすっきりしません。
 それで、ああでもないこうでもないと考えていたところ、思いついたことがあったので、書きとめておこうと思いました。

 結論から申し上げると弁天が涙を流したのは「赤玉先生を想ったから」です。

 「赤玉先生」というのは弁天の「師匠」であり「帰るべきところ」です。
 泣いたとき、彼女は赤玉先生のところから「家出」した身の上でありました。つまるところは「郷愁の涙」というところでしょうか。
 なぜそうなるかを以下に述べたいと思います。

 まずはじめに確認しておかなければいけないことは、弁天は「丸いものが好き」ということです。 矢三郎がダルマに化けたときは「丸くて可愛いから、しばらく達磨のままでいらっしゃい」と言っているし、大きな月を見たときは「丸いものが好きよ、私」と自分で告白しています。

 その「大きな月」を見たあと、布袋の語る「昔話」を聞いた途端に、弁天は機嫌を損ねて帰ってしまいます。
 置いてけぼりをくらった矢三郎は紆余曲折を経て、兄の住む井戸を訪ねます。
 そこで弁天が泣く場面に立会う。

 私が「弁天は赤玉先生を想って泣いた」と考えるのは、物語の最後において、弁天がそれまで「家出」状態だった赤玉先生のもとへ帰ってきているからです。

 私は「気まぐれ」な気分屋であることが『有頂天家族』における弁天の役割であると解釈していたので、彼女が自らの「自由」を犠牲にしてまで「不自由な」赤玉先生の近くに戻るということに、違和感を覚えました。

 しかし彼女は「丸いもの」が好きなのでした。
 「赤玉」先生はその名の通り「丸いもの」ではありませんか。
 玉は丸い。
 このことに気づいたとき、私は胸のつかえが取れたような気がしました。

 「大きな月」を見たときの弁天は「家出」している今の自分の状況を省みた。
 そして己を嫌悪し、赤玉先生の傍に戻ることを望み始めた――

 そんな弁天の願望は、クライマックスにおいて矢三郎が「浮気の現場でございます!」と弁天と布袋の写真を赤玉先生に突きつけることで実現されます。

 怒り狂って手のつけられなくなった赤玉先生を「もうおうちへかえりましょう」とたしなめ騒動に決着をつけた弁天のほんとうの目的は事態を収拾することではなく、自分が赤玉先生の傍に戻ることだったのでした。

 深いですね。
 そんなこんなで、物語の最後で弁天は赤玉先生と連れだって初詣。
 とても幸せそうに描かれています。
 弁天のみならず元日の八坂神社では、矢三郎の一家など主要人物がとても幸福そうに参拝しています。

 敵も味方も狸も天狗も人間も関係なく、誰もが明るく新しい年を迎えました。
 もしかしたら、弁天が「月」を観て泣いたとき、すでにこの「ハッピーエンド」へ向けて物語は舵を切っていた、と言えるのかもしれません。

おわりに

KKc
お読みいただきありがとうございました。

おすすめ小説リスト」はこちらから。

記事に対する感想・要望等ありましたら、コメント欄かTwitterまで。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク