湊かなえ『望郷』感想|渇望と絶望

あらすじ

 『望郷』は6編の短編小説を収録。

  • みかんの花
  • 海の星
  • 夢の国
  • 雲の糸
  • 石の十字架
  • 光の航路

 いずれも瀬戸内海に浮かぶ離島における「望郷」を題材としている。
愛すること、憎むこと、赦すこと、そして闘うこと

感想

 「望む」という語には「遠くに見る」という意味がある。『望郷』というタイトルには、ある程度の距離を郷里からとった人々の思いが反映されていると私は思う。

 

 舞台となった「白綱島」には、閉塞感や呪縛の気配が濃厚に漂っている。
 ある者はそれゆえに島を離れる。ある者はそれを感じながらも島に留まる。
 したがって、出ていった者と残った者という二者の対立の物語ともとらえることもできるが、島の雰囲気に引き込まれているという点においては、両者は同じである。

 

 引き込まれているというと、『望郷』を読む私たちも、読者を通じて島に引き込まれているといえる。本に記された文章を通じ、離島の感じが生々しく、圧倒的なリアリティを備えて私たちに迫ってくる。
 読んでいるとき、私たちは自分の周りになにか重苦しい空気が存在しているように感じてしまう。そして、息継ぎをするようにページを次々とめくる。重圧を抱えながらする読書は、その後で疲労感を精神に残す。

 

 白綱島に住む人々はどこかしら粘着感があり、離れた人々も心の片隅に島の存在がある。どちらの立場をとるにせよ、決着はない。故郷とはそういうものである。どんなに所望しても逃れられることはできない。

 

 『望郷』を読む私たちも、作中のそのような人々と同じである。読んでいる最中は結末へ向けて文字を追う動きが止められない。終幕ののち、読了に到ったとしても、著者が創り上げた作品のイメージは脳の深くに堆積しており、私たちはふとしたきっかけで『望郷』のことを思い出してしまう。まるで故郷の島を遠くから望むかのように。
 『望郷』を読む前は、何を望んで読もうと思ったかは人それぞれであろうが、ひとたび本を開いてしまったら最後、この作品から逃れることは、どんなに渇望しても遂げられないだろう。絶望である。

 

おわりに

KKc
お読みいただきありがとうございました。

 

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