神にすがったその後は―森博嗣『つぶやきのクリーム』

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森博嗣『つぶやきのクリーム』感想

KKc
森博嗣の本が読みたくなって本棚を眺める。『つぶやきのクリーム』を取り出す。

 見開きでひとつのエッセイが完結していて、どこから読んでもノープロブレムな本。ぱらぱらめくっておっと思ったところを読む。

 「5.人の弱みにつけ込む最たるものとは、神である。」とタイトルされたページが気を惹いた。
 「神」は人の「弱い心」に付け入るというようなことが書いてある。森はここで宗教について語っているが、ここで言う「神」は宗教に限ったことではなくて、もっと広い意味でも適用できると私は思う。

 たとえばあなたがどこかへ旅行に行くとする。仮に秋田としましょう。
 まずはじめに何をしますか?

 インターネットや雑誌で情報を集めますね。そして「人気のありそうな」場所へのプランをたてる方が多いと思います。
 また、なにか新しい趣味を始めるとします。仮に読書。

 「おすすめ 読書」とか「読みやすい 本」などで検索するでしょう。
 そして、いちばん評価の高そうな本をピックアップしてアマゾンで買います。

 未知のことをはじめるとき、どうしてもそのような手順を避けては通れません。
 人はどうしても「神」のようなものにすがってしまうのです。

 ここに行けば秋田を満喫したことになる、太宰治を読めば読書を楽しんでいることになる、そんな方向に心は傾いていくものです。

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 それって初心者のうちはいいと思いますけど、ある程度「わかって」きたらやめるべきだと私は思っています。
 だって、人にすすめられてしたことよりも、自分で選んでやったことのほうが満足度が高いから。
 だから、自分の行動に確信を持って行動ができることが、何かを始めるときのとりあえずの目標です。

 野球の松坂大輔選手はプロ一年目でイチロー選手を三打席三振にしとめました。
 そのとき「自信が確信に変わりました」とのインタビュー。

 そういうことです。
 とりあえずは「神」にすがってもいいです。
 それから得た「自信」を「確信」に変える。
 その「確信」とは自分自身が裏付けであるような深い「確信」です。

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森博嗣の本は小説よりもエッセイを読むことが多いです。

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