森鴎外『舞姫』読書感想文|壊れたものと壊したくないもの

※引用はすべて森鴎外『阿部一族・舞姫』新潮文庫による

あらすじ

 ベルリンに留学した豊太郎はエリスと出会い、結ばれる。
 幸せな生活は長くは続かず、エリスは狂い、豊太郎は帰国することになった。

【読書感想文】原稿用紙5枚(2000字,100行)

KKc
「壊れたものと壊したくないもの」

 

 森鴎外『舞姫』は豊太郎とエリスの物語です。話は豊太郎がドイツを去るところから始まります。彼は日本に帰るにあたって、初めてベルリンに足を踏み入れたときからを回想します。『舞姫』は豊太郎の手記をいう形式をとる小説です。
 豊太郎は、青年時代に見たベルリンを以下のように描いています。

 

 <車道の土瀝青の上を音もせで走るいろいろの馬車、雲に聳ゆる楼閣の少しとぎれたる処には、晴れたる空に夕立の音を聞かせて漲り落つる噴井の水、遠く望めばブランデンブルク門を隔てて緑樹枝をさし交はしたる中より、半天に浮び出でたる凱旋塔の神女の像、>(10頁)

 

 舞台はおそらく19世紀末、日本でいうと江戸幕府が倒れ、明治維新後少し経ったころ。当時の日本人にとって、このようなヨーロッパの様子はとても新鮮な驚きをもたらしたことでしょう。馬車も、噴水も、ブランデンブルグ門のような建築も、女神像だって、そのころの日本では目にするのが難しかったはずです。

 

 とはいえ私だって、それらはインターネットなどの写真で知っているだけで、実際に目にしたことありません。だから現実にその光景を目の当たりにしたとしたら、豊太郎のように「美観だ」と感じるかもしれません。

 

 さて豊太郎は、そんなベルリンの華やかさに惑わされることなく、仕事や勉学に励んでいきます(あまりに遊ばなかったせいで周りから(扱いづらいやつだ)と思われていまうことになるのですが)。
 そして彼は「舞姫」エリスと出会います。二人はほどなく交際し、彼女は妊娠し、幸せな暮らしが訪れます。

 

 <貧きが中にも楽しきは今の生活、棄て難きはエリスが愛。>(23頁)
 <「わが心の楽しさを思ひ玉へ。産れん子は君に似て黒き瞳子をや持ちたらん。この瞳子。嗚呼、夢にのみ見しは君が黒き瞳子なり。>(28頁)

 

 しかしその平穏は、豊太郎の最良の友人・相沢謙吉によって破壊されてしまいました。
 豊太郎は仕事上の上司に当たる「大臣」の信頼を得るために、「エリスとの関係を絶ちます」と宣言しました。女にうつつを抜かすような人物だと思われていては、重要なポジションを与えられないのでは、と思ったためだと思われます(のちに「軽率だった」と反省していますけど)。

 

 本音と建前は別だよね、と言ってしまえばそれまでですが、問題はここからです。その場に同席していた相沢謙吉が、あろうことか、エリスに向ってそのことをしゃべってしまったのです。エリスは豊太郎に「欺かれていた!」と顔を真っ青にして、倒れてしまいます。目を覚ましたとき彼女は「パラノイア」という精神の病になってしまっていました。
 そして同時期に豊太郎自身も病に蝕まれ、日本に帰ることになります。相沢が、二人の関係を壊してしまったのだと私は思っています。

 

 ちなみに相沢は、豊太郎なきエリスの生活のために、資金援助をしたとも書かれています。私はこれが彼の罪滅ぼしだと考えます。
 そして豊太郎は『舞姫』を次のような文章で締めています。

 

 <嗚呼、相沢謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我脳狸裡に一点の彼を憎むこころ今日までも残りけり。>(31頁)

 

 ここに、豊太郎のやりきれない思いを読み取ります。
 怒りたい、でも怒ってもどうにもならない。自分は身体を壊しているし、エリスは心を壊している。壊れたものは元には戻らない。だから、今後、友情だけはどうか壊れないでほしい。たとえ憎しみが、心に深く残っていたとしても。
(84行,原稿用紙4枚と4行)

 

おわりに

KKc
お読みいただきありがとうございました。

 

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