『「学力」の経済学』書評と感想|エビデンスなき教育への批判

※引用はすべて中室牧子『「学力」の経済学』ディスカバートゥエンティワンによる

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書評と感想

<「試験」と「祖母の急死」の不思議な関係>より

 「はじめに」で、いきなり「がつん」とやられた。

 著者が大学で中間試験などを行なったさい、「祖母が亡くなり、試験が受けられない。後日追試を受けさせてくれませんか」といった連絡が相次いだ。多いときには受講者の3割以上の祖母が亡くなったそうだ。いや、さすがに嘘をついてるだろう。明らかに多すぎる。

 著者も、うすうす気づいていたのだろう、学生に「死亡診断書」や「喪中ハガキ」などの提出を求めた。というか盲目的に学生のことをハイハイと信じるような人物ではない。なにしろ「科学的根拠に基づいた教育を」と主張しているような人なのだ。「科学的根拠に基づいた欠席を」ということである。実に合理的だ。

 一方、ズルをして休んだ学生は震え上がる。「祖母が亡くなった」ことを科学的に証明しなければならない。おそらく大半の欠席者の祖母はぴんぴんしているはずだ。今日も元気に畑の世話をしたり近所のばあさんと談笑したり。

 彼らは頭脳をフル回転させて「科学的根拠に基づいた」言い訳を考える。その労力をはじめから中間試験のためだけに使っていれば……とも思うが、若者というのはその場その場の状況のほうが未来のことよりも大切であり、将来を見通して行動するのは不得意な生き物である(豆知識。これは経済学的に「時間割引率が高い」と表現される)。

 <「テロとの関係で、祖母の死亡を明らかにすることがはばかられる」などといった、要領を得ない説明をする学生まで現れました>(5頁)

 テロとの関係! 君のばあさんはスパイか何かか。しかも「はばかられる」と言い切っているということは現時点では著者にしかその事実を伝えていないということ? すると「影武者」なんかがばあさんのふりをして、家で洗濯機なんかを回しているのか? あなたは影武者が洗ったパンツをはいて大学に来ているのか? ツッコミどころ満載な言い訳である。

 さて、学生たちの意味不明な答弁に困惑していた著者は、一冊の本と出会う。ダン・アリエリー『ずる:嘘とごまかしの行動経済学』の邦訳である。そこには「試験の直前あるいは論文の締め切りの直前は、学生の親類の訃報が相次ぐ。平均は学生の1割」と書いてあった。

 <私がこれに驚愕したことはいうまでもありません。なんと、かの有名なアリエリー教授までもが私と同じ体験をしておられるとは。>(6頁)

 驚愕、っていうか爆笑したのでは。ちなみに私は大笑いした。
 著者はその後、自分の授業で記録したデータを基に、「中間試験と期末試験の日の祖母の死亡率」を計算し、その数値が異常なまでに高いことを明らかにした。

 そこまでやるか。著者は「科学的根拠に基づいた教育」を主張しているので、当然といえば当然の行動ですが……いやはや、科学的な態度って、すごい。データを収集・分析し社会の構造を明らかにする。祖母の急死に経済学の「力」の片鱗をかいま見た。

 後日談。
 著者が授業で「試験と祖母の不幸」について学生に説明したところ、それ以降、祖母を亡くす学生はひとりも現れなかった(よかった)。著者は多くの罪なき老婆が不当に殺されることを防いだ。これを科学の勝利と言わずして何と呼ぶか(脱帽)!

科学的根拠(エビデンス)に基づく教育

 あまりにも「はじめに」が面白かったので語りすぎてしまった。ここからは反省して、本の内容について述べようと思う。

 本書の根底にあるのは「教育に科学的根拠を」という著者の主張である。
 著者は経験や直感による教育よりも、科学的根拠に基づいた教育を重視している。

 たとえば東大について。
 著者が信頼を寄せるのは「自分の子どもを全員東大に入学させた個人の話」ではなく、「東大生の親の年収を大量に観察して得られた規則性」である(ちなみに東大生の親の年収は突出して高い)。前者は「例外中の例外」であり、後者は「より一般的」だというのがその根拠。

 そして著者は教育に関する諸問題――たとえば「ごほうびで釣るのはどうなのか」「ほめて育てるのはどうか」「ゲームは子どもを暴力的にするのか」――を「経済学的に」考えていく。

 「経済学的に」というのは、実験をし得られたデータを統計学を用いて分析し、どう行動するのが合理的か=利益をより多く得られるか、という風に考えること。本書ではさまざまな実験とその結果が提示されており、そしてそれらに基づいて「教育の是非」が論じられている。

 本の主題とはあまり関係ないけれど、まれに挿入されるジョークも、とても面白い。
 <私もときどき大学で「美人ですね」といわれることがありますが、それはたいてい成績の芳しくない学生と成績について話しているときに限られています>(143頁)

 そうそう。
 著者は政府の「教育再生実行会議」の「有識者」として呼ばれる(平成26年9月から)ほど、現在注目されている教育経済学者です。そのうち日本の教育に「科学的根拠に基づいた教育」が増えていくかもしれない。
 できればそれが、個人にとどまらず世界全体を幸福にするような教育でありますように。

おわりに

KKc
お読みいただきありがとうございました。

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