【800字書評】西加奈子『通天閣』|宿命とは願望の過去形である

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宿命とは願望の過去形である

KKc
西加奈子『通天閣』の800字書評です。

 <あともう少し頑張りや。あともう少し頑張ったら、朝日浴びた綺麗な通天閣を見ることが出来る。ほんでその通天閣の中から、未来のあんたが、ちょっとだけ幸せになった未来のあんたが、よう頑張ったなぁ、て、じっとあんたのことを見てるから。>

 明るい未来は、それを以前からリアルに想像していないと実現することはない。
 国民的アイドルになるような人は、おそらく昔からずっと「そのようになった自分」を思い描いている。その思い描き方は抽象的ではなくて、きっと具体的だと思う。

 彼(彼女)が考えるのは漫然と「紅白で歌っているんだろうなぁ」ということではなく、「私が出るときの紅白の出場者はあの人とかあの方とかあのグループで……あぁ、きっとあの人もそのころには選ばれているだろうな。ちゃんと挨拶しなきゃ。カステラが好物だって聞いたから絶対持ってこ」のような想像をしている(確かめたことないけど)。

 将来的にアイドルとして紅白に出場する可能性が高いのは、後者の想像をする人だと思う
 また、そんなに、数年かかるようなスパンの話でなくともこの知見は有用であると私は思う。

 西加奈子『通天閣』の話である。冒頭に引用した文章は以上をふまえて読むとさらに面白い。
 「通天閣に登った私」から「現在の自転車をこいでいる私」を見ることを「想像する」。そのことは、それを想像しなかったときよりも、たぶん精神の健康によい。

 宿命とは願望の過去形である。
 通天閣に登ったときに「高いところから気分よく今までの道のりを振り返っている私」は「ヒイコラ言いながら過酷に一歩ずつ進んでいる私」が望んだことなのだ、と感じるときに「私」は宿命を感じる。
 できれば通天閣の上から見通すように生きたい、と思った。

(735字)

作品情報

著者:西加奈子
情報:第24回(2007年)織田作之助賞大賞受賞
※書評を書くにあたって内田樹『こんな日本でよかったね 構造主義的日本論』文春文庫,206頁「未来の未知性について」を参考にした

おわりに/h2>

KKc
お読みいただきありがとうございました。

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