『1ミリの後悔もない、はずがない』感想|もう後悔なんてしない

あらすじ

 

 『1ミリの後悔もない、はずがない』は、一木けいの連作短編集。
 収録タイトルは以下の5つ。

 

  • 西国疾走少女
  • ドライブスルーに行きたい
  • 潮時
  • 穴底の部屋
  • 千波万波

 

 「西国疾走少女」は、「わたし」がイカをさばいているときにその内臓から魚が出てきたところから物語は始まる。

 中学生のときの「桐原」との恋を回想するシーンが中核であり、現在イカを料理している「わたし」とのつながりを想像しながら読み進めるのが楽しい。

 

 また、連作短編集なので、すべての作品がつながっているところも楽しいところ。

 

 「わたし」の夫が「潮時」で登場し、ストーリーに変化を与える。

 

 最後の「千波万波」では、これからにつながる新しい何かを感じることができ、読後感は非常によい。

なぜ桐原に惹かれたのか。どんなに考えをめぐらせても、色気としかいいようがない。色気を感じる相手は人それぞれだろうが、それは感じるものであると同時に、細胞や遺伝子の叫びのような気がする。

 

きれいな月が出ている。遠くにヨーロッパのお城のようなものがあると思って目をこらすと、それは黒く陰った樹木だった。

 

あの日しゃべった内容はほとんど記憶から消えてしまったが、ひとつだけ明確に憶えていることがある。それは「うしなった人間に対して一ミリの後悔もないということが、ありうるだろうか」というものだ。

 

著名人のコメント

 

椎名林檎
「私が50分の円盤や90分の舞台で描きたかった全てが入っている」

 

辻村美月
「”最初の恋”の普遍的な魅力に満ちた名作」

 

三浦しをん
「肌がひりひりするような実在感と恋愛の記憶が、非常に胸に迫ってきた」

 

窪美澄
「当たり前のことだが、デビュー作というのは一生に一回しか書けない。デビュー作には(略)文章を紡ぐのだ、という、噴出し続ける思い、そんなものが濃縮ジュースのように詰まっている。」

 

窪美澄書評リンク「行け。勇んで。小さき者よ。」

 

感想

 

あの日しゃべった内容はほとんど記憶から消えてしまったが、ひとつだけ明確に憶えていることがある。それは「うしなった人間に対して一ミリの後悔もないということが、ありうるだろうか」というものだ。

 

 気の置けない人と桜を見に行ったこと。
 気になっている人と花火大会に行ったこと。
 あの人と移動中、車窓からふと外に目をやると、鮮やかな紅葉が見えたこと。
 大雪の日、「雪がきれいね」と困ったように笑う君をみたこと。

 

 私たちが記憶をたぐりよせるとき、細かいことまではっきり思い出すことは、ほぼ不可能です。
 思い出すことができるのは「たのしかった」「きれいだった」「うれしかった」「せつなかった」といった、ぼんやりとした、でもそれでいて鮮明なイメージであることがほとんどです。

 

 多大な後悔を残すような出来事も、振り返ってみると記憶は薄らいでいて、当時はどうしてそんなに衝撃を受けたのだろうか、と不思議な気持ちにもなるけれど、でも、それでも後悔がゼロになるということはあり得ません。
 1ミリになったって、後悔は消えないのが人生だと私は思います。

 

 『1ミリの後悔もない、はずがない』のスタートが回想からなのは、過去に対する後悔を予感させるタイトルから予想されるそのままですけれど、後悔したままで止まっておらずに、未来への力強い一歩を予感させる結末が待っています。

 

 後悔しない人間はいない。
 だからこそ、後悔を重ねることで、人は大人になっていくのかもしれません。
 「もう恋なんてしない」なんて絶対言わないのと同じように「もう後悔なんてしないなんて言わない」と宣言してみるのも面白いかも。

 

試し読み

 

 noteにて、収録された1つの短編「西国疾走少女」の試し読みができます。
 ログイン不要で、ここでしか見られないイラスト付きで読むことができます。
 興味のわいた方は下記リンクからどうぞ。

 

「西国疾走少女」試し読み(『1ミリの後悔もない、はずがない』収録短編)